第1章 副都で再会する彼ら
「ピード・パスリ、テネに来ていたのですね。オンヴォーグ! アマドアの父君!」
「スピラー・ワンに乗ってるのはキリアンだ」
「なら、彼にもオンヴォーグを」
「おうよ! 任せとけ!」
間もなく旧屋敷からトールの轟音がして、黒光りする機体が南方へと消えた。
カレナードはオレンジ色の戦闘服を着た。女官たちは若草色のそれに着替えた。テッサもまた領国主正装と同じ黄色と白の騎乗服を用いた。執務室に続く二つの広間は臨時玄街対策室に充てられた。
首相秘書官がそっとテッサに言った。
「あなたの姿は御母上に似ていらっしゃると思っていましたが、中身は御父上のようです」
彼女は静かにうなずいた。
「ミセンキッタのみならず、アナザーアメリカ全体の危機です。各領国に公式ルートで連絡を早急にと首相に伝えて下さい」
窓から学校の方向を見た。静かな秋の日だ。
「カナンとゾラに手紙を出さなきゃ。しばらく会えない」
プルシェ二ィではキリアンが苦戦していた。僚機は墜落こそしなかったが、被弾してミセンキッタ大河の河川敷に不時着した。
「敵の一番機を沈める!」
玄街隊長機の防御は厚かった。砲塔が死角なしの配置で機体を守りつつ、街を攻撃する。炎は東市街を次々と舐めている。西から川風が吹いているのだ。
突然警報音がした。キリアンはレーダーに視線を走らせた。一瞬でトール・スピリッツ接近を確認した。通信が入った。
「オンヴォーグ! プルシェニィの全ヴィザーツへ! オンヴォーグ!
こちらテネからの応援隊、ピード・パスリ推参!
キリアン・レー! カレナードがオンヴォーグを贈るとさ。特別扱いだ、この野郎」
接近戦に特化したトール・スピリッツは鬼神の如しだった。飛行艇の編隊を巧みに組み直し、15分で玄街戦闘艇を大河上空へ後退させたのち、殲滅した。
空は静かになったが、地上は混乱を極めていた。プルシェニィ行政府の要請を受けたヴィザーツ屋敷は、被害確認と延焼阻止のため、戦闘を終えたばかりの飛行艇を再び飛ばさねばならなかった。
キリアンとピードは簡単な食事を済ますと拳を合わせた。
「長い1日になりそうだ」
「これがヴィザーツのお役目さ。キリー、あいつの事を考えてるのか」
「つつがなくやってりゃいいさ」
「へっ、無理しやがって! さあ、行くぞ!」
3日後、テッサがカレナードと共に副都を訪れた。彼女は大公会堂に並べられた亡骸に頭を下げ、野戦病院と化したプルシェ二ィ東空港で人々を慰めた。夕刻にガーランドがマルバラ領国から到着した。施療棟チームが地上に降りる一方、キリアンは報告書と領国主、そして紋章人をガーランドに届けた。
テッサは改めて浮き船を眺めた。
「以前はこれほど巨大な船と気付かなかった。私は見ようとしなかったのだ……」
楔型の船体に、花のような大窓が並び夕陽に煌めいた。大窓に見えるのは栽培ポッドで、薬草や野菜を育てているのだ。4本の甲板から医療物資を乗せた飛行艇がプルシェニィに降りていた。
上昇するゴンドラの中でキリアンはカレナードを抱擁した。テッサが横やりを入れる。
「キリアン殿、書類鞄が落ちそうですよ」
「御面倒をかけます、ミス・テッサ。しばらく預かっててもらえますか」
「え?」
キリアンはひたすら紋章人の唇を奪い、紋章人は抵抗しなかった。隣のゴンドラから盛んに口笛とヤジが飛んできた。その中に新参同期のシャル・ブロスがいた。彼は兵站部の医薬品専門セクション勤務だ。
「YO! また紋章人に手を出してやがる。肝が据わってるな、クレイジー・キリー!」
キリアンは片手で野次馬を追い払う仕草をした。テッサは鞄を抱えて言った。
「カレナードは女王の恋人でしょうに。キリアン殿は分かってそうしていると」
「もちろんです、ミス・テッサ。この行為は今日の内に彼から女王に伝えられるでしょう」
「彼?」
紋章人が言った。
「女王とキリアンだけが私を『彼』と呼ぶのです」
「カレナード、ガーランドの倫理観を説明して。訳が分かりません」
「倫理は地上と変わりません。女王と私の約束事です。私が受け入れた人物は全て女王に語ること。そして女王が私を独り占めなさりたい時、私は女王を最優先します」
テッサは言い換えた。
「つまり、紋章人は女王第一主義を守りつつ、複数の想い人を持つということ?」
「御名答です」キリアンは恭しく膝を折った。
テッサは「そういう事情でしたら」と紋章人を見上げた。
「もしミセンキッタの男に求愛され、心が動いたらどうします」
キリアンの親友としての視線を感じながら、カレナードは答えた。
「その時は心のままに」
艦長がテッサを出迎えた。
「ガーランドを代表し、副都の惨禍にお見舞い申し上げます」
「ガーランドとヴィザーツ屋敷からの救援、領国民に代り御礼申し上げます」
「お健やかであられますな、テッサ嬢」
「紋章人のおかげです、艦長殿」
その時、到着したゴンドラで騒ぎがあった。乗艦チェック要員が怒鳴っている。
「下の連中は何やってる! アナザーアメリカンは上船禁止だぞ!」
テッサは「またミテキ・エルミヤか」と肩を落としたが、すぐに顎を上げて件(くだん)の人物に向かって行った。
「エルミヤの若殿、従妹のゾラが嘆きます。軽率な行いは懲りたはずでは」
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