第1章 副都炎上

 テッサは部屋からタオルを運び、カレナードの汗を拭いた。

「テッサ」

「いいから。拭いてあげます」

 彼女は紋章人の顎にタオルを当てた。

「傷あとがありますね」

「死にかけた時の傷です」

「もしかして臨界空間突破で? 新参訓練生の時、ヤケを起こして飛行艇を盗んで飛んだとか」

カレナードは過去の大きな恥を知られ、少々慌てた。

「誰に聞いたのです!」


「先日、テネ新屋敷でキリアン・レーに会いました。彼はあなたと同期で同じ班で同じ航空部候補生だったのでしょう?」

好奇心を満たしたテッサと裏腹に、カレナードはうめいた。

「キリアンが余計なことを……」

 背中にも小さな傷あとを見つけ、テッサは聞いた。

「こちらは新参の年の春分に女王絡みで負った傷ですね。彼女は不死のために儀式をするのでしょう?」

「それもキリアンが言いましたか……本当に余計なことを……」

「彼はマリラ女王とあなたの仲を妬いていますね」

 カレナードはすっかり女の顔になって答えた。

「それが分かるとは。テッサ、あなたを見くびっていました」

「うふふふ、私はけっこう鋭いのです」


「エーリフ艦長と同じだ……参りました」

「あの巨漢と一緒にされるのは気乗りしません。さあ、部屋に戻って衣を替えなくては」

 テッサが差し出した手を握った。手を繋ぎ月光の中を歩く間、カレナードはテッサの柔かい言葉遣いに頬が緩んだ。

「何をニヤニヤしているのです」

「いえ、いい夜だと思って」

「女王を想っていますね。近いうちに女王の不死について教えて。どんなことも知る覚悟をしましたから」


 その夜明け、副都プルシェ二ィを玄街の大型戦闘艇の編隊が襲った。空襲を受けた市街は炎上し、ヴィザーツ屋敷から応戦の飛行艇が出た。地上配備訓練中のキリアン・レーがプルシェニィ第三屋敷にいた。彼は配備したばかりの小型儀仗人形スピラーに搭乗した。

「さすがガーランド仕様の管制レーダーだ。警戒してた甲斐があった」

 ミセンキッタ大河から流れる朝霧と火災の煙で視界はやや悪かった。キリアンは合同訓練したばかりの2機と共に市街上空に飛んだ。

「これ以上やられてたまるか!」


 炎上する東市街から周回する玄街機を3機編隊で狙った。小回りの利くスピラーはあっという間に玄街機を二つ撃墜した。キリアンは油断しなかった。

「僚機は落とさせない!」

 息を吸い込み、目標の後を取った。炎熱の東市街上空を迂回しつつ、ミセンキッタ大河の支流上空で敵機を爆発させた。通信が入った。

「第二屋敷に玄街機2機が強行着陸態勢。白兵戦の可能性あり」


 キリアンは信号弾を上げた。蛍光グリーンが2本、白みかけた空に尾を引いた。ガーランドから配備したばかりのV5型強襲艇が第二屋敷に向かった。スピラー小隊と残る飛行艇で玄街の大型を落とさねばならない。

 キリアンは敵機の砲門を潰しにかかった。できれば太陽を背にしたかったが、日の出まで数分ある。

「霧を味方に出来るなら!」

眼下の地獄を眺める暇はない。救助する暇もない。彼は自分の仕事を貫徹するまでだった。


 テネ城に副都空襲の知らせが入ったのは、空襲開始から10分後だった。テッサとカレナードは飛び起き、着替える間もなく執務室に走った。執務室にあたふたと領国府閣僚と領国主代官が集まってきた。彼らはすでに蒼白だ。

「何てことだ。玄街とガーランドの飛行艇が市街上で戦えば真下にいる人間は死んでしまう。この世の終わりだ。ミセンキッタは破壊される!」


 テッサは代官を無視し、閣僚たちに指示した。

「テネ城市に再び玄街侵入、また副都と同じ攻撃の可能性があります。ただちに警察機動部隊と総務庁に非常事態体制を取るよう指示を。またプルシェニィへの救援を整えよ。

 ここにいるガーランド女王代理の力を借り、ヴィザーツ屋敷に情報提供を申し入れます。関係機関はすぐに動けるように」


 彼女は銀色の電話を取り、カレナードに差し出した。ヴィザーツ屋敷への直通電話だ。

「あなたがこれを用意した意味が分かりました。副都の様子はすでに屋敷に伝わっているはずです。ヴィザーツとアナザーアメリカンは足並みを揃えましょう」


 カレナードはガウンの前をかき合わせ、テネ新屋敷を呼び出した。新メンバーが強力な前線基地に変えていた。電話を取ったのは屋敷代表補佐だ。

「こちらは領国主後見カレナード・レブラントです。副都救援のため、領国府への情報提供ならびに救援計画の打ち合わせをテッサ・ララークノの名において要請します。代表補佐殿、アナザーアメリカンの尽力を無碍になさいませんよう、女王代理がお願い申し上げます」


 返事はすぐ来た。

「現在、プルシェ二ィ第三屋敷のスピラー機とV5艇が玄街戦闘機と交戦中。玄街は大型戦闘艇20機で襲来。現在6機を撃破。当屋敷から5分後に儀仗人形トール・スピリッツ3機を発進させる。現時点の情報は以上だ。詳細は随時連絡する。

 テネ城市の守備だが、当屋敷は最新レーダーを運用している。要警戒中だ。救援は、まず大型輸送艇がお役に立てると伝えてくれ。打ち合わせは屋敷代表と政治局次官が出席する。

 ちょっと待て。おい、パスリ少尉!」

 電話口で不敵な声がした。

「よう、紋章人。行ってくるぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る