第1章 領国営ラジオの女王の声

「テッサ、ローザに非がなければ、今もあなたの傍にいるはずです」

テッサは部屋を見回した。開き放しのクローゼットから大きめの鞄が消えていた。

「嘘だ! 彼女は優しい人だ、玄街の魔女であるわけない!」


 突然建物が軋んだ。フールが号令をかけた「足場確保! 小規模構築コードッ!」

 アヤイの装備から数個の核芯物質が四方に飛び、彼は構築コードを唱えた。

「Neizye. noizye. louugfuque.(ネイツェ・ノイツェ・ルーフック)」          

半透明の膜が出現し、たちまち部屋と廊下に貼りついて硬化した。軋む音は止んだ。

 テッサは頭上を見上げた。

「これがヴィザーツの魔法?」

すかさずカレナードは命令した「テッサ嬢を三の丸庭園へ!」

「何をする! やめろーーーーッッッ!」


 遊撃小隊は暴れる少女を担ぎ、一目散に駆けた。飛行艇は瞬く間に上昇し、ミセンキッタ大河上空の浮き船に着艦した。テッサは怯えながら浮き船を見渡した。全長3000メートルの楔型の巨船の縁に4本の滑走路が銀色に輝き、中央部に透明な大天蓋が二つ、その後ろに壮麗な大宮殿と女王の館があった。大窓の煌めきが花の鎖のように船体を走っていた。テッサの眼には空飛ぶ威容としか映らない。

「私は、と……とんでもない所へ来てしまった……」


 女王は作戦司令室で待っていた。オレンジ色の戦闘服に真珠色のマントが映えていた。

 テッサはいきなり怒りに燃えた。

「これがガーランドのやり方か! 私から何もかも奪うのか、女王マリラ!」

女王は眉一つ動かさなかった。淡い黄金の髪、灰色の眼が少女を見据えた。

「挨拶が先であろう、テッサ・ララークノ。ミセンキッタを背負う身なれば、己に無礼を許しはすまい」

少女は不死女王が放つオーラに圧倒され、感情に任せて言い放った。

「偉そうに! アナザーアメリカを陰で支配する浮き船など滅んでしまえ!」


 マリラは平手で少女の頬を打った。

「その物言い、白面の家庭教師の教えか。それとも自らの考えか。答えよ、ララークノ家の御当主!」

テッサは「ローザを侮辱するな」と叫び、マリラは再び手を上げた。その手が打ったのはカレナードの背中だった。

「お待ち下さい、女王。彼女は信頼する者を失い、裏切られたも同然でここに参りました。これ以上はご容赦を」

「どきなさい、紋章人」

「できませぬ、女王」

「この手の子供を甘やかすとろくなことはないぞ」

「彼女は新たな後見人が必要ではありませんか?」


女王は恋人の言葉に「またか」という顔で命じた。

「では、その役目はそなたが担え。ロロブリダ女官長、客人を部屋に。カレナード、エーリフ艦長と情報部副長トペンプーラを呼べ」

すぐに2人が入室した。テッサは部屋を出るさい、巨躯の艦長にぶつかりそうになった。

「おお、失礼。お嬢ちゃん」

テッサは「ここでも名ばかりの領国主扱いか」と彼を睨んだ。エーリフはにやりとして彼女の手を取り、軽くキスした。

「無礼をお許しあれ」


 司令室に航空隊員キリアン・レーが第一報を持って、飛び込んできた。彼の報告を受ける艦長の眼中にテッサはいない。廊下に出たテッサは女官長の指に光る指輪が艦長のそれと同じと気付いた。

「ああ、やはり浮き船はとんでもない所だ……」


 3日後、ガーランド女王の声がミセンキッタ全土に響いた。副都プルシェニィを有する南部ミセンキッタ、テネ城市を抱く中部ミセンキッタ、そしてキリアン・レーの故郷である北部ミセンキッタ。

 領国民は正午にラジオの前に集まった。領国民にとって首都騒乱はかつてない衝撃だった。報道機関の情報は限られていたうえに錯綜していた。事件について浮き船の女王が語るなら、耳を傾けるようではないか。


 マリラはガーランドを降り、領国営ラジオのマイクを握った。

「長い歴史を持つミセンキッタの民よ。異例の放送である。心して聴きたまえ。

 私、ガーランド女王マリラ・ヴォーは、ここに玄街勢力をアナザーアメリカより駆逐すべく戦端を開いたことを告げる。

 我らヴィザーツが玄街と戦う理由はただ一つ、彼らもまたアナザーアメリカンに禁じられたコードを使うヴィザーツだからだ。1500年前、彼らはガーランド・ヴィザーツと袂を分かった異質のコード遣いである。

 以来、玄街は誘拐・窃盗・殺人などの犯罪に加えて数々のテロ事件を起こし、我々は調停を取持つ一方で彼らと戦ってきた。そして、玄街はついにミセンキッタ領国を破壊する行動に出た。それを阻止するはガーランドの責務である。


 先日のテネ城市上空の空中戦、さらに市街地における掃討作戦は、そなたたちアナザーアメリカンにとって戦慄の光景だったろう。

 が、ミセンキッタ領国府は玄街に占拠され、首都もまた占領される寸前だった。放置すれば、そなたたちは玄街の傘下に置かれ、恐怖と不安に怯えて暮らすことになる。


 掃討作戦はミセンキッタ首都警備隊に、ガーランド地上基地であるヴィザーツ屋敷、そしてガーランド精鋭部隊が同時に玄街の各拠点を攻撃した。新市街8ヶ所、旧市街12ヶ所。ガーランドとしても最大の作戦だった。

 作戦は成功し、領国主はご無事である。しかし、戦闘に巻き込まれた方々がいるのは事実。これが玄街戦の難しいところだ。彼らは正体を隠し、そなたたちの間に紛れるからだ。


 しかし、ミセンキッタの方々よ。疑心暗鬼は追い払わなくてはならない。それこそ玄街の狙いである。そなたたちの良き伝統、相互扶助と不屈の粘り強さ、ミセンキッタ魂を持つ人々よ。それを最大に活かすのだ。


 我らガーランド・ヴィザーツの役目はアナザーアメリカの守護者なり。これまでは調停により、そして今より玄街を殲滅するまでは武力により、役目を全うする。調停の浮き船はこの戦いが終わるまでは戦艦、各地のヴィザーツ屋敷は軍事基地となる。

 そなたたちはかつてない悲惨を目にし、危機に直面するやもしれぬ。その責は全て、我、ガーランド女王が負うものなり」

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