浮き船ガーランド 山嶺と嵐
セオリンゴ
第1章 少女領主
*この物語は「浮き船ガーランド」から7年後の続編となりますが、独立した話として読めるよう構成しています。お楽しみいただければ喜びにたえません。
カレナード・レブラントの眼下に早春のテネ城市旧市街が広がっていた。
アイボリーの壁に青緑のスレート屋根と出窓のビル群。中央にテネ城が鎮座し、東翼・南翼・北翼・中央翼、そして議会堂の大建築がいくつもの庭園を従えていた。そこは浮き船ガーランドが送り込んだ精鋭部隊がテロリスト集団・玄街を排除したばかりだった。
彼女は強襲型飛行艇V2の窓から降下地点を確認した。城の三の丸庭園に先行部隊の誘導灯が光っている。旧市街と新市街の玄街拠点から出た煙は薄まり、玄街掃討作戦は終了しかかっていた。
通信を受けた小隊長ワイズ・フールが告げた。
「ガーランド女王直属遊撃小隊諸君、城内の玄街残党は脱出した。おかげで城の北翼は大破。紋章人、ミセンキッタ領国主テッサ・ララークノは大人しく保護されるとお考えか」
紋章人と呼ばれたカレナードは「否」と首を振った。
「領国府が玄街の手に落ちていたと知れば、13歳の領国主には衝撃でしょう。しかも玄街首領グウィネス・ロゥが正体を隠して彼女の主任教師を勤めていた。ガーランドに敵意があって当然です。ですが、小隊長、丁寧な対応で臨みましょう。彼女は領国主です」
「ま、いいでしょ。アナザーアメリカンとはいえアナザーアメリカ随一の大領国。
カレナードは着陸を前に、隣のアヤイ・ハンザとヘルメットを再度チェックし、淡い金髪を押し込んだ。
「ふう、喉がカラカラだ」
「僕もだ、カレナード。女王さまの道化が小隊長をお勤めとは知らなかったよ」
「君はキリアン・レーとスピラー小隊のはずなのに、急にこちらに配属されて面食らったろう」
「これも経験しとけってことかな?」
ワイズ・フールが片手を挙げた。
「私語はそこまで! マダム・カレナード、あんたを領国主共々ガーランドへ送り届けるまでが任務、油断禁物でござる」
V2は庭園広場に降りた。遊撃小隊が整列すると、航空隊のピード・パスリが駆けつけた。
「伝令! 東翼南翼に玄街の姿はなし。中央翼領国府は制圧。遊撃小隊を誘導する!」
一同は移動を始めた。歩きながらフールはピードに訊いた。
「玄街の物騒な置き土産は?」
「調査済みだ。時限爆弾に種々のトラップ、緩行発現型破壊コード類。制圧と同時に情報部と合同でやったぞ」
「それで肝心の領国主殿はいずこ」
「東翼と南翼、中央翼はいなかった。おそらく領国議会堂にいる。我々とテネ城市警察機動隊の突入時、テッサ嬢は議会に臨席中で、うちの情報部員が監視してる」
が、テッサは議会堂を抜け出し、大破した北翼へ向かった。玄街ヴィザーツの死体の間を、銀髪の少女は憑りつかれたように駆けていた。大領国ミセンキッタの主である。
北翼1階は大小のホールと大倉庫、上階は住み込み勤務者の居室が並んでいた。テッサが目指すは教師ローザ・ルルカの部屋だ。
ガーランド情報部と市警察が北翼正面玄関で玄街ヴィザーツの亡骸を調べていた。テッサは別の扉を開けた。目ざとい警官が「領国主殿」と呼びかけた。彼女は脱兎のごとく階段に飛び乗った。
「駄目です! 上は危険です!」
テッサの高い声がやや傾いだ廊下に響いた。
「ローザ! どこにいるのです! 私を独りにしないと誓ったではありませんか! ローザ、顔を見せて頂戴! ローザ!」
声は途端に怒りの様相を帯びた。物を投げる音や陶器が割れる音が廊下に響いた。カレナードはその音よりも大きな声で呼ばわった。
「ミセンキッタ領国主、ララークノ家のテッサ嬢! ローザは去りました!」
テッサが振り返るのとカレナードが部屋に入るのは同時だった。
「お前は誰だ。なぜローザがいないと分かる」
領国主の頬がわずかに引きつった。見知らぬ女のヘルメットにガーランド女王の紋章があった。ならば、テネ城に死体が転がる事態を仕掛けたのは、ガーランドの不死女王なのか。
カレナードはいったん膝を折った。
「私はガーランド遊撃隊、カレナード・レブラントです。女王マリラ・ヴォーの命により、あなたをガーランドに保護します」
テッサの背中で切り揃えた髪は乱れ、紫の眼が不安と焦燥に揺れていた。
「お前はローザの行く先を知っているのか。また、基本的にガーランドは領国に干渉しないはずだ。なぜ私を浮き船に連れて行く。答えよ」
カレナードは単刀直入に言った。
「ローザ・ルルカは玄街首領グウィネス・ロゥです。彼女は捕縛を怖れ真っ先に逃亡しました。今頃はガーランド航空部に追われているでしょう。
ミセンキッタ行政府は事実上玄街組織に組み込まれていました。玄街が関与した以上、ガーランドは超法規的措置として介入せざるを得ません。また、あなたは玄街の人質となる可能性が高い。行政府が機能を取り戻すまで、あなたをガーランドに迎えます」
テッサは半分しか聞いていなかった。誰よりも信頼を置いたローザ。7年前に失くした両親にも等しい存在。その彼女が玄街首領であるわけがない。寝耳に水の言葉だった。
「嘘を言うな!
ガーランド・ヴィザーツが自らに都合よく事実を捻じ曲げて! 私は浮き船に行かない! 領主が領国を離れるなどと!」
カレナードはテッサの手に数枚の写真を押し込んだ。玄街の黒衣を纏ったローザの姿があった。テッサは印画紙でカレナードの頬を打った。
「これが何の証拠になる!」
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