15話

 10−15


 今日の万年講師は機嫌が良い。

死に物狂いで書き上げた論文の投稿を済ませたからだ。

選考に通るかどうかは定かでない。

書き上げ、そして投稿を済ませた。

そこにあるのは、論文が掲載される前の達成感である。


「落ち着いてるね?」


「ええ、落ち着いています」


 万年講師はインスタントのホットコーヒーを飲みながら答える。


「通るかねぇ?」


「分かりません。ただ、通らなければ、あなたの仰ったように、必死すぎて面白い論理に至らなかったということも考慮しなければならないでしょう」


「素直やな」


「今は、落ち着いて考えられますから」


 ぺペンギンは、窓辺で煙草を吹かしながら質問する、


「ほな、一つ、聞いてもええか?」


「答えるか答えないかを私に任せていただけるなら」


「うん、分かった、それでもええよ。お前が外された共著の本、彼らはどうなってるんやろ?」


「知りませんね、興味もありませんから」


「そら、そやろな。で? 彼らを恨んでる?」


「まさか、関係ありませんから」


「じゃ、許してる?」


「許すも何も、関係ありませんから」


「ほな、感謝は?」


「馬鹿な、たとえ恨みこそあったとしても、その真逆の感謝なんてある訳ないでしょ」


「そこやねん。お前は、人を許すということが気高いし、そうやと思うてるやろ? せやし、恨みを忘れようとしてるだけやねん。まだ許すという思想に辿り着けもできてへんだけやねん」


「せっかくの気分を台無しにしないでもらえませんか?」


「分かった、じゃ、最後の言葉や、これだけ聞いてくれたらワイは黙るよ」


「途中で遮っても良いのであれば」


「ええよ、それはお前の自由や。ほな言うで。人と人が分かり合うって、本当はな、奇跡的に難しいことやねん。お前らが共同で本を出そう、ってなったんは、お前とおんなじ境遇の文学者達が集まったからやったんちゃうかな? 同じ境遇の者達が意気投合して何かをせなあかんと思うて、共通の認識を持った。そうちゃうかな? そしてお前は彼らの考えと違う解釈を持って来たから外された。それは有難いことやと思われへんかったんかな? ええか? 人は人、って言う考えはある意味正しい。ジョン・レノンっていう人がな「あなたは私があなたを知らないと同じくらいにあなたは私を知らない」って言いはった。正解やと思う、私は私、あなたはあなた、私は私のことをします、あなたはあなたのことをしてください、私はあなたの期待に応えるために生きているのではありません、あなたも私の期待に応える必要はありません。これは、ワイの言葉やない。ドイツの心理学者の言葉や、ったと思う・・・。ええか、今から言うのが最後の言葉や。お前が共同著者から外されたんは、そいつらと違うお前だけの論理をお前が作ったからと違うんか? それやったらお前独自の特別な解釈ができたって言うことを彼らは教えてくれたことになるんちゃうの? ワイは最初に言うた。恨みとか許すとか、でも、そんなことよりも、お前自身を教えてくれた学者さんたちへの感謝の気持ちを大切にするべきやないのか? そうしたらほんまの意味で許すんやなくて許す必要が無い。最初から恨みなんて存在してへんねんから。そうやってお前の主張で独自の論文を提出できた、違うか? それやったら感謝、やろ? 以上や、最後までご清聴ありがとうございましたぁー!」


「・・・・・・・・。」


「あのぅ。最後の「ご清聴ありがとうございましたぁー」っていうところで椅子から滑り落ちてくれたらギャグとして軽く流させてもらえたんやけど?」

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