14話

 10−14


 万年講師は職場から帰ってくると、机に向かい論文を書き出す。

眉間に皺を寄せ、まさに死にもの狂いでPCのキーを叩いている。

ぺペンギンは目覚まし時計型シェルターの中にある冷凍保存食で晩御飯を済ます。


「残り少ないなぁ」


 と呟く。


 台所へ行き、お湯をカップラーメンに注ぎ、万年講師の机の隅に置く。


「こいつの保存食ももう直ぐで底をつくで」


 と心の中で呟く。


 万年講師は、一休みとばかりにカップラーメンの蓋を開ける。


「そこまで気を使ってもらわなくても大丈夫です」


 と言うと、


「その前に言わなあかん事、あるんちゃうの?」

 

 とぺペンギンが返す。


「勿論、感謝しています」


「そうやなくて、ありがとう、その一言で済むやん」


「あ、はい、ありがとうございます」


「うん、それでええねんけどな」


「けど?」


「悪いけど、死にもの狂いで頑張ってるのに悪いけど、その論文、落ちるで」


「読んだんですか?」


「いいや、自分でも分かってへんようやから言うけどな。眉間に皺寄せて、必死になって、書いて、楽しいか?」


「研究論文とは、そういうものです」


「ふーん、そうなんや・・・。ワイ、ワイの星の研究所で統括教授やってるんやけど、そこまで行くのに先ずは宇宙理論物理学の教授にもなった、そらぁ研究しまくったで、報告書もいっぱい書いたで、論文もいっぱい書いたで」


「報告書っていうのは、何かの始末書ですか?」


「殴るぞ、ボケ」


「別の星のペンギンだったのですか?」


「お前、ほんま、話しにくい時があるねん。どう言うたらええんか、そのやな、世間を超越してる脳味噌っていうか、会話に食い違いがあるように思うねん。前にも言うたけど、日本語喋るペンギンが地球に居ると本気で思うてるの? 然も、関西人が飼ってる九官鳥とペンギンの間に生まれた鳥って、マジでおかしいと思わへんかったん?」


「はぁ・・・」


「まぁ、どうでもええことやねんけど。ワイが論文書いてる時は楽しかったで」


「笑いながら書いていたのですか?」


「まじ、殴りたくなってきた。アホか、お前? 誰が笑いながら論文書くねん。そら、ニヤニヤしたことはあるかもしらん。そんだけ、楽しいもんやって言うことや。でも、今のお前は違う。その眉間の皺は苦しみや」


「それだけ真剣であるって言うことです」


「真剣に楽しむことはええことや。でも真剣に苦しむことはええことやろか? 必死で楽しむ、それが本気の死にもの狂いやと思われへんか? そんな苦しみの中で書いた論文、読む人にとって面白う無いやん? もっとワクワクできるような学術書ってあってもええと思うねんけど」


「・・・・・・・・」


「お前らの星で有名な科学者が言うた言葉がある。私は、科学という大海原の浜辺で、ひたすら美しい貝殻を拾い集めていた少年にすぎない、ってな。どんな学問でも、そこに喜びを感じない限り、学問が人を幸せにすることはない。どんなに困難な道であっても、歌うように、踊るように、笑いながら、楽しみながら、生きて行くのが一生懸命なんとちゃうか? それを人生と呼ぶんちゃうの?」

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