16話
10−16
万年講師は考えていた・・・。
許すこともない、恨むことがないのだから。
感謝とは・・・。
幼い頃を思い出す。
いつも優しさに飢えていた。
万年講師は決して優しさが必要な環境で育った訳ではない。
そこには常に我を通す甘えがあった。
今の彼には、そのことに気づくだけの能力は無い。
優しさ、とは何か?
と再び考える。
優しさを求めてはいたが、自分自身も優しい人間でありたいと思ったことは無いのか?
いや、自分は既に優しい人間であった。
万年講師は独り頷く。
その優しさがあったからこそ、文学を勉強し、生きるとは、その心理とは、それらを理解し人々を正しい道へと導こうとした。
そうではなかったのか?
その為には、勝たなければならなかった。
自分の論理を通す為には勝ち続けなければならなかった。
何よりも、自分が自分であり続けるために。
そうなると、優しい心を持ち続けたいが、周りがそれを許してくれない。
負けて仕舞えば、それは自己否定ではなく、他人から疎外されたことになる。
優しさとは、勝ち続ける勇気だと、信じて生きてきた。
その時、ぺペンギンが目覚まし時計型シェルターから欠伸をしながら出てきた。
「おう、万講、論文の提出が終わったら瞑想か?」
「あなたには関係ない」
「あっそ、ちょっと台所借りるで、ワイ、モーニングコーヒーいうやつ飲みたいさかい」
ぺペンギンは、そう言いながら短い翼と短い足で器用にキッチンへと登っていき、お湯を沸かし出す。
「ちょっと良いですか?」
「あ、なに? ええよ」
「優しさって何だと思います?」
「この前の続きか?」
「ええ、感謝っていうことを考えていると、優しさ、っていうキーワードが浮かんできて」
「ふーん、せやね、ほなら、ワイ、なんでお前の部屋におるんやろ?」
「それは、私が、殺して欲しい、と願ったからです」
「うん、でも、死を目前にして、殺さないでくれ、とか言うとったわな?」
「そうです」
「それやったら、ワイさ、なんやかんやと理由つけて、星に帰って任務完了できませんでした、とか言う手もあったとは思わへん?」
「言われてみれば・・・」
「せやのに、なんで、まだ、ここにおるんやろ?」
「優しさ、ですか?」
「うん、そう来ると思うた。でも不正解や。正しい解答は、そのうち言うとして、優しさ、って何やろ? やったな?」
「ええ、そうです」
ぺペンギンは、沸いたお湯をインスタントコーヒーの粉末が入ったカップに注ぐ。
「熱っ、火傷しそうになったわ。でと、優しさやったな。それはな、誰にも負けへん勇気や」
「やはり、そうでしたか」
「うーん、お前が言うと、ワイの言うた勇気とが、なんか違うように聞こえる」
「誰に対しても勝ち続ける勇気がなければ、人に対して優しくなれない、ですよね」
「なるほど、やっぱり違うたわ」
「え?」
「ええか、優しさとはな、誰とも戦わんでも勝つ強さや。自分自身を信じる勇気や。信じてる自分をいつでも改心させることができる柔軟な心や。自分が間違いを犯したときに受け入れることのできる器の大きさや。お前の言うてる強さと勇気は外に向いてるやろ? ほんまもんの勇気ってな、常に自分自身を見つめていられる自分自身や。ええか? 優しさ、って言うもんはな、勝ち続けることかもしらんけど、その戦いの場所は、自分自身の心の中や。その戦いに勝ってこそ、人に優しさを施せるんちゃうかな? どう思う? ワイは、そう思うて生きて来たけど。お前の優しさは施しやのうて、与えてあげるっていう上から目線や。どう思うかな?」
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