12話
10−12
万年講師とぺペンギンが小さな食卓の上、差し向かいで食事をしている。
ぺペンギンは、小さな器でシングル・モルトを飲んでいる。
万年講師は、スーパーマーケットで買ったお弁当を食べ終わりかけている。
「昨日の夜は、えらい荒れとったけど、何があったんや?」
万年講師は、お茶を淹れながら、少し考えてから話し出す、
「えーっとですね、簡単に言うと、共同著者から外されました」
「ほう、この前言うてた、自費出版の件か・・・」
「そうですね」
ぺペンギンは、暫く考えて、シングル・モルトを少し飲み、
「これで終わろうとは思ってへんよな」
「勿論です。今まで書いてきた論文を書き直して学会誌に載せてみようと思っています」
「それでこそお前やな」
「今夜は、褒めてくださるんですか?」
「ああ、落ち込んでる奴に追い討ちかけるような事はしたない」
「そう言う事ですか」
「あのな、慰めるために言うてるんちゃうねんで。その共同著書の出版、もしもお前が勘違いしてるんやったら?と思てな、言うねんけどな」
「どうぞ、言ってみてください」
「人には考え方がある、そこには共通点があり、何処かで思い違いがあれば、誰かが外される。それは必ずあることやと思うてもええ」
「それで?」
「あのな、昔、ドイツにヘルマン・ヘッセ、言う人がおったやろ?」
「ええ、偉大な作家です」
「その人がな、療養地に行きはってん。彼は、そういう時、一番危惧する事があるねん。なんやと思う?」
「有名人ですからね。療養の邪魔とか?」
「それな。療養地で日光に当たりながらゆっくりしてたら、一人の若者が近づいて来てんて。それでな、その若者がヘッセの隣に来て、以前書いた小説のことを語り始めてんて。自分なら、このように考え、このように行動をする、って言いはってん。ヘッセは、それが嫌やってん、なんでやと思う?」
「自分の作品への批評とかですか?」
「まぁ。そんなところかも知らんけど。ヘッセはな、その若者に対して、反論せんかったんよ。その理由はな、その若者の考え方も一理有りで、それも正しいんやって思いはるんよ。何が正しいのか? それはその人次第で変化する。答えなんて無い、考えてみ? 世の中で起きる出来事は、目の前で起きてる事実だけが、それだけが本物の現実や。せやし、真実なんかないねん。真実なんてどこにもないねん。あるのは現実に起こったもの、目の前の現象がだけが必然であり真実なんや。分かるか? それだけが答えや」
「それは・・・」
「そうや、お前を共同著者から外した連中も正しいし、お前自身も正しい。意見が違っただけなんや。論文の提出、頑張ってみるか?」
「はい、勿論です」
「今度こそ、死にもの狂いで頑張ってみれるか?」
「はい」
「死、っていうんは必ずやって来る。望む望まないに関係なく。せやし、それまで生きるしか無いねん。どうやって死ぬかではなく、どうやって生きるか? もしも論文が通らんかった時に、どうするのか? その時に考えたらええ、人はそうやって育っていくもんや」
「そうですね、私もビール、開けて良いですか?」
「お前の足で買ってきたビールや、好きに出来る」
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