助力

 村の襲撃以降の記憶はない。ただ、僕とクラリスがどこか遠くの町にやってきた、それは間違いなかった。



「お前さんたち、そんな格好でどうした? それも子ども二人なんて。もしかして、あれか? フランドルからやって来たのか?」



 声の主を見ると、そこには僕のお父さんくらいの男が立っていた。



「おいおい、無視はないだろ。行く先に困ってるなら、俺が力になるぞ」



 見ず知らずの子ども二人を助けるなんて話はありえるのだろうか? クラリスは「宣託の乙女」として、各国から追われている。宣託を聞けば、有利に外交が進められるから。



「ジャン、この人の言葉、信じられる?」



「信じられるもんか」



「おいおい、お二人さん。そんなに信用できないか、俺は」



 男は「困ったな」と言いながら頭をかく。



「よし、分かった。俺についてくるのが嫌なら、せめてこれをやるよ」



 男から手渡されたのは、大量のお金だった。



「おじさん、これくれるの?」



「おじさんか……。俺もそういう年齢になっちまったか。おう、坊主の言う通りだ。好きに使いな。人からの施しが嫌だっていうなら、ドブに捨てても構わない」



 僕は「ありがとう」と呟いた。



「もし、困ったことがあれば、あそこの酒場に来い。できる限り力になるからよ」



 それだけ言うとおじさんは去っていこうとする。



「おじさん! 名前はなんて言うの?」



 クラリスが聞く。そうだ、恩人の名前を知らないなんて、あってはならない。



「俺の名前はデュラン! 次に会う時はおじさん呼びはやめてくれよ!」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 おじさん、いやデュランさんと別れると、僕たちは今後の生活について話し合った。



「ねえ、ジャン。これだけのお金があれば他の国へ逃亡出来ないかしら?」



 僕は首を横に振る。他の国に行ったところで、大人たちはクラリスを捕まえようと躍起になるだろう。それに、南や東の方からは「黒き病」が流行り出している。なんでも、病気にかかると、高熱にうなされ、皮膚が黒くなるとか。そして、「黒き病」にかかった者は高確率で死ぬ。北や西からはイングランドの反撃が、南と東からは「黒き病」が迫っている。僕とクラリスは八方塞がりになった。



「デュランさん。彼に相談するしかないんじゃないかな……。なんであんなに親身になってくれるか分からないけれど」



 僕たちが頼れる人はデュランさんしかいない。僕たちは歩き出した。酒場に向かって。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 デュランさんを見つけるのは簡単だった。一人、酒場の片隅でお酒を飲んでいたから。



「おう、すぐに会うことになったな。やはり、子ども二人じゃ限界がくるわな」



 デュランさんは子どものように顔をクシャッとする。まるで、実のお父さんのような顔つきだった。



「ねえ、おじさん。じゃなかった、デュランさん。なんでこんなに優しくしてくれるの?」



 これだけは聞いておかなくてはならない。信用できる人物でなくては、クラリスの身に危険が及ぶ。



「それはな……お前たちの年頃の子どもがいたからさ」



 子どもがいた? 子どもがいる、ではなくて?



「数ヶ月前のことだ。お前たち、『黒き病』は知ってるな?」



「もちろん。知らないほどバカじゃないよ」と僕。



「デュランさん、もしかして……」



「お、お嬢ちゃんは察しがいいな。そう、その通りさ。俺の愛する息子は、流行り病にかかって死んじまった。あの時は神様を恨んだね」



 神様を恨む。僕と一緒だ。もし、この世に神様がいるのなら、かなり意地悪だ。僕たちを村から追い出し、デュランさんからは息子を奪った。



「じゃあ、それが理由なの?」



「そうだな。それもあるが、もともと困っている人を助けたくなる性分でね。ほら、お前さん達にも優しいだろ?」



 自分で言うのか。まあ、デュランさんが言うことは正しい。



「話が脱線しちまったな。ひとまず、今晩は隣の宿に泊まりな。これからの事はゆっくり考えよう」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 僕たちはデュランさんの言葉に従って、宿に泊まることにした。クラリスと二人きり。もし、平穏な時代だったら、夜が明けるまで語りあったのに。



 そんならことを考えている時だった。扉が勢いよく開いたのは。そこには二人の男が立っていた。



「ほお。エメラルドの瞳の女の子。お前が噂の『宣託の乙女』か。こりゃあ、一儲けできそうでっせ、兄貴」



「まあ、そう焦るな……。おい、待て。この部屋には大人がいないぞ! こりゃ、楽勝だな」



 男たちはずかずかと部屋に入ると、クラリスに近づく。



「待て! クラリスには触らせないぞ!」



 僕は叫ぶ、威勢よく。だが、それは見かけだけ。僕の心は震え上がっていた。



「小僧、大人の俺たちに勝てるとでも?」



 僕は男の蹴りによって、思いっきり頭を床に打ちつける。どろっとしたものが流れ出るのが分かる。



「さあ、この小娘をもらって、ずらかるぞ!」



「へい、兄貴!」



 僕は無力だった。あんなに「クラリスを守る」と考えていたのに。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「デュランさん!」



 僕は酒場の扉を勢いよく開ける。



「おいおい、どうした」



 僕は手短に事情を説明する。



「まさか、あの嬢ちゃんが『宣託の乙女』だったとはな。まずいな。時間が経てば経つほど、連れ返せる確率は低くなる。おい! みんな、少し手伝ってくれないか? 酒ならいくらでも奢るぞ!」



 デュランさんの声が酒場中に響き渡る。



「これくらいの背格好で、瞳はエメラルド色。髪は金髪だ! どんな情報でもいい! 情報提供者には酒を大盤振る舞いする!」



「デュランは相変わらず人助けが好きだな。おい、ここは一つ手伝ってやろうぜ!」



「デュランにはいつも世話になってるからな。お安い御用さ」



 酒場中から声があがる。これがデュランさんの人徳というやつか。



「時間が惜しい。さあ、とっとと行くぞ!」



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 人海戦術の効果はてきめんだった。数時間後には男たちの隠れ家が分かった。あとはデュランさんと一緒に乗り込むだけ。



「おい、坊主」



「僕にもジャンって名前があるんだけど」



「すまねぇ。ジャン、お前はあの嬢ちゃんに惚れてるんだろ? おいおい、その表情はなんだ。まさかバレてないとでも思ってたか?」



 どうやら、僕のクラリスへの想いは隠しきれていなかったらしい。



「敵は二人。俺が殴り飛ばす間に嬢ちゃんを救いな。いいところはジャン、お前にくれてやる」



「デュランさん……」



 僕は彼の気づかいが嬉しかった。いや、下心なんていらない。僕は何がなんでもクラリスを助けるんだ。そのためなら、僕は死んでもかまわない。



「おい、死に急ぐなよ。さあ、喧嘩を始めようじゃないか」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 決着はあっさりとついた。もちろん、僕たちの勝ちで。



「ジャン、私怖かった」



 クラリスが僕に抱きつく。涙を流しながら。僕は彼女の背中をさする。



「よし、これで一件落着だな。あとは――」



「あとは、どうするんだ?」



 そこにはフランス軍の兵士の姿があった。



「さあ、おとなしく捕まるんだ」

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