第5話 旅立ち
陽が昇った頃。村長の家の前で朝日をたっぷり浴びながら朝の体操をしていると、村長がやってきた。
「わしより早起きとは、流石は村を救った勇者殿ですね」
「早寝早起きは健康の基本ですからね」
「わしも若い頃にその生活をしておけば、これほどまで老いぼれることはなかったのやもしれませぬな」
「なにを仰います。まだまだこれからでしょう」
「あはは。そうですね。やはり若い方との会話は力がみなぎりますな」
「実際そうみたいですよ。科学的に、ポジティブな話とか、自分より若い人と話している方が若々しくエネルギッシュになるって結果が出ているみたいです」
「科学的?」
「あー。そうですね……。私の国の伝承って意味ですかね」
「なるほど。ラグナ殿は博識でおられる」
未開拓の惑星の住民はこうやって崇めるように褒めてくれるから、移住して住みたいという気持ちはわからなくもないんだよな。違法だから絶対だめだけど。
「それよりも村長。私になにか話があるのではないでしょうか?」
雑談なら、家の中でできる。なによりも、こちらに向かって来る時の顔が神妙な面持ちだった。難しい顔をしているから明るめの雑談をしたが、それでも彼の雰囲気は緊張している様子であった。
「実は、ラグナ殿に折り入ってお願いがございます」
「私にできる範囲であれば」
「娘のステラのことなのですが」
なんだ。この村に残ってくれないか、なんて言ってくると思ったんだがな。予想が外れた。
「魔王討伐に連れて行ってくれませぬか?」
全く予想していなかったことを願ってくるので、少々面くらってしまう。
「大事なひとり娘でしょうに。良いのですか?」
「ご存じだと伺っておりますが、娘のステラはわしの本当の娘ではありません。森で拾ったのです」
「はい。本人からお伺いしています」
「ステラの特徴である長い耳というのは、この地方には存在しないのです」
確かに。彼女みたいに長い耳の人間というのは珍しい。この惑星の住民を全員見たわけではないが、少なくともこの村の人達は俺達と同じような丸っこい耳をしている。
「ラグナ殿と魔王討伐の旅をしている最中に、もしかしたらステラと同じ長い耳の人間に出会えるやも知れませぬ。そしたら、ステラの家族に会えるかもと思いましてな」
ステラは、娘さん思いの良い人に拾ってもらったんだな。
「わかりました」
彼女は魔法を使える。それは科学技術とは違った強さになるはずだ。魔王討伐に役に立ってくれるだろう。それに、俺はまるでこの惑星のことを知らないため、これからの旅の道しるべにもなってくれそうだ。
「しかし、彼女の意思を無視して連れて行くわけにはいきません。どうか、親子で話し合って決めてください」
そう答えると、「わたしは──」とステラが俺達の前に現れる。
「わたしはこの世界を見てみたいです。ユニバス城だけではない。更に奥へと。そこに家族がいたのなら聞きたい。どうして、この森に捨てたのかを」
ですが……と、心配そうに村長を見つめるステラに村長は優しく微笑みかけた。
「わしなら心配いらぬ。もうオークへの脅威もなくなった。娘が真実を知りたいのなら止めはしない。ラグナ殿の迷惑にならないようにな」
「おじいちゃん……。はい」
話し合いは簡単に終わったみたいだ。
ステラはこちらの前に立ち、深々と頭を下げた。
「勇者様の足手まといにはなりません。どうかわたしを連れて行ってくれませんか?」
「連れて行くには条件がある」
「な、なんでしょう」
不安そうな顔でこちらを見つめてくる彼女へ、衝撃の一撃を放ってやる。
「勇者様の禁止と。これからはラグナと呼ぶように」
「くっ……かなり厳しい条件です。もしかしたらわたしは旅に出ることはできないでしょう」
「なんでだよ!」
♢
「ラグナ様。これからどうしますか?」
結局、今まで通りにラグナ様と呼ばれることになってしまった。これから共に旅をするというのに、なんだか付き人と旅している気分になる。
「そうだな」
村を出て山道を歩きながらステラと会話をしている。
「魔王がどこにいるかだが……」
「魔王はエトワール城を制圧しております。おそらくそこにいるかと」
「なるほどな。そこにはどうやったら行ける?」
「大陸を渡らなければなりません。大陸を渡るには船が必要です。それにはユニバス城の許可証が必要になります」
割と面倒臭いな。
場所がわかっているなら宇宙船で一っ飛び。今はミーティアが薬の解析をしているからな。宇宙船は使えない。
地道に歩いて行くっきゃねぇか。
「ほんじゃ、ユニバス城に向かうとするか」
「わかりました。ユニバス城はこの山を越えた先にあります」
「歩いたらどれくらいかかる?」
「そうですね。割と近いですよ。三日程度で着くのではないでしょうか」
「三日!?」
おいおい。三日も歩くのかよ。つうか、ステラさん。そのキョトンとした顔はなんですか。近いでしょってか?
「三日も歩き続けて、風呂とかどうすんの?」
「お風呂、ですか? 当然、入れませんよ」
「うそ……」
お風呂大好き。サウナ大好き。岩盤浴大好きの俺が、三日も風呂に入れないだと……。じゃあ、どうやって整えば良いんだよ、ちくしょうが。
ちょっと待って。ていうことはこの子も三日間風呂に入れないってことだよね。じゃあ、なに、この子も、その、臭うってこと? こんな美人から悪臭するの? 逆に興奮すんだろ。
『ラグナ。変な性癖を出さないでください。次、その思考になった場合、処します』
ミーティア。お前は最早天の声になりつつあるぞ……。
「ラグナ様はお風呂がお好きなのですか?」
「めっちゃ好き」
「そうなのですね。では、ぜひお背中お流ししたいです」
「良いの!?」
「はい。勇者様のお背中を流せるなんてこれほど光栄なことはございません」
「いへへ。まじかぁ」
役得じゃん。
『ラグナ……。殺しますよ?』
今のは不可抗力だろ。
そんな会話をしながら山道を歩いていると、不自然に止められた馬車を見かけた。それと同時に、「ぐああああああ!」という叫び声。
「今の声は?」
「行きましょう。ラグナ様!」
「ああ」
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