第2話

「えっ」


 俺は思わず声のした方を見た。教室の窓側の隅の席、そこに座ってくつろいでいる人影が視界に入る。


 セミロングの黒髪をハーフアップにした美少女。彼女は俺の姿を認めると、パッと明るい笑顔を弾けさせる。


「え、なになに? 和樹エイプリル掃除当番押し付けられた感じ?」

「俺も……? って聞くってことはもしかして……その、お前も、そ、掃除当番?」

「はーい、それだけのこと聞くのにキョドらなーい」

「悪うございました、コミュ障なもんで」


 俺はそっぽを向く。この、明るくて笑顔が素敵で声まで可愛くて少し毒舌な彼女の名は――河瀬美來かわせ みくる。自己紹介ならぬ他己紹介をするならば、誰もが認める典型的美少女で友達も俺の何十倍居るんですかってくらい多い。


 明るい性格で、もちろんクラスカースト第一位の一軍の中の一軍。もはやそのカースト頂点すら超えて、神の領域に居るんですかっていう存在。要するに三文字でまとめると「ぼっち」な俺に対して、あいつは「人気者」。


 何故そんな天界出身の彼女と、地の底育ちの俺が話す仲なのかというと……いや、話す仲ってよりは河瀬が一方的に話しかけてくるだけなのだが。


「ってか、エイプリル掃除当番ってなんだよ」


 そういえば思い出したが、エイプリルってうのが「四月」、フールというのは「バカ」っていう意味らしい。「四月馬鹿」――――嘘うんぬんにふさわしい名前だと思うのだが、その肝心のフールを抜いてもよいものなのだろうか。


「それじゃあ、ただの四月掃除当番っていう意味になる」

「……うっさいわね、語感良かったから言っただけだし! エイプリルフール掃除当番より、よっぽどいいでしょう?」


 珍しく河瀬が言い訳がましく返答してきた。


「そうかな」


 俺がそう呟くと。


「そうよ!」


 お決まりの押しの強さで、俺の意見をへし折りにかかってくる。


「語感よくて面白い、ワードの略し方とかをパっとできると、間違いなく和樹の株は上がるわよ。それこそエイプリル掃除当番、とか」

「別に俺は株やってねぇよ」

「比喩の話でしょ!」

「どっちみち、株式会社陰キャぼっちは社員一人だけですよーだ」

「何の話してんのアンタ」


 河瀬が呆れたという表情を向けてきた。


「これだから陰キャは」


 いやお前、蔑んだ目すんなや。


 いやいやいやいや。


 先にこの話題をふっかけてきたのは、お前だからな!


「ま、そーんなくだらない話はさておき」


 そのくだらない話を始めたのは紛れもなく河瀬、お前だけどな。


 ――俺の心の中のツッコミは届かず。


「んじゃ、掃除始めますか」


 河瀬美來はニッコリと笑った。

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