中編

 ツムギが用意した二体目は俺が前回使っていたモデルとまったく同じもののようで、つまりが見た目が完全に一緒なため、傍から見ると双子のようだった。

「新手のペアルックかよ」

 恥ずかしくてついボソリとつぶやく。

「よくペアルックなんて古い言葉知ってるね」

「若者の間では昭和レトロが流行ってんだよ」

「最近の流行なんて全然わからないな、僕もおじさんになっちゃったなぁ」

「ツムギがおじさん……? でもまあそうだな俺よりずっと歳上か」

「君が生まれる前にはもうバリバリ社会人だったからね」

 憑依体の見た目は二十代後半だが、仮想空間でのツムギの姿もせいぜい三十そこそこにしか見えない。デジタルヒューマンの見た目は自分で好き勝手に変えることができるから、ツムギは意図的に三十くらいの見た目年齢にしているわけだ。

「ツムギって、何歳なんだ?」

「あはは忘れちゃったよ。あとでウィキで調べて、僕にも教えて」

 ツムギが話を中断したのは、俺たちが待っていた警察の人が部屋にやってきたからだった。警察官は二人組で一人は五十代くらいのベテラン、もう一人は二十代半ばくらいの若い人だった

「お待たせしました。廻神さんの護衛を担当します、坂崎です、よろしくお願いします。こっちは部下の蘭堂です」

 二人は軽く会釈してからパイプ椅子に座った。俺たちも名前だけの簡単な自己紹介を済ませる。

「この黒いチョーカーを首につけているのが廻神です。すみませんね、ややこしい見た目になってしまって、すぐに手配できたのが同じモデルのものしかなくて、僕のことは気にしなくていいので、廻神を守ってやってください」

 俺とツムギを見分けるように用意したチョーカーを指差してみせる。これがなければ二体の憑依体を見分けるのはかなり困難だろう。

「廻神さんのことはもちろん守ります。伊龍さんもです。私たちがついていますので、どうか安心して式にのぞまれてください」

「ありがとうございます」

 実際に対面するまではどんな人が担当になるのか不安もあったが、誠実そうな人たちだ。

 デジタルヒューマンは人間と変わらないと俺は思っているが、社会からの扱いは明確に違う。デジタルヒューマンは人間社会での人権がない。人間の定義に値しないと今の法律ではなっている。それはもう仕方がない。誰が悪いとかじゃなくて、俺たちみたいな存在が生まれてくることは想定されていなかっただけなのだ。

 でもそうなってくると人間の間では当たり前のことが俺たちには適用できないことがある。軽んじられているような気がするときもある。納得がいかないことに直面することもある。

 だから、警察が動いてくれることには感謝している。もしかしたら、俺たちは無視される可能性もあったから。

 まあでも、それならそれでツムギが警備会社にボディガードを依頼したかなとも思う。ツムギはそういうところがかなりしっかりしている。だが、今回は警察が全面的に協力してくれることになったから、民間会社に頼る話はついぞ出なかった。

 人間側から見て、俺たちの憑依体を守るのってどんな気分なんだろう。もしもナイフを持ったやつがまた現れたら、庇ってくれるのか。俺たちの憑依体はぶっちゃけ機械の塊で、意識が入ってる状態で壊れたとしても、前回の俺のようにほとんどの場合は仮想空間に戻ってこれる。ツムギは人格データが吹っ飛ぶ可能性もあると脅していたが、それはかなり運が悪いときの話だ。

 憑依体を守るために誰か……人間が怪我をしたら嫌だなと思う。俺たちは刺されても撃たれても、痛くも痒くもないから、もしものときは逃げてほしい。まあ、こんなことを思ってるのは職務を全うしようとしてる人に対して失礼にあたる気がするから、護衛をしてくれる本人たちには絶対に言わないが。

「警察の方が守ってくださるなら、私も安心です。当日はよろしくお願いします」

 式の流れや当日の移動ルート、待機場所などの確認をいくつかして、警察官との面談は終了した。

 俺たちがツムギの会社のオフィスに戻ろうと警察署を出たところで、後ろから声をかけられた。振り向いた先にいたのは、今さっきまで話し合っていた若い方の警察官、蘭堂さんだった。伝え忘れたことでもあったのだろうかと思っていると彼は小脇に抱えていた単行本『ユウジン』を俺の目の前に差し出した。

「こんな折に大変不躾なお願いなのですが、サインをいただけないでしょうか。僕、廻神先生の大ファンなんです!」

 蘭堂さんは深々と頭を下げた。まるで謝罪を受けているようで、あたふたしてしまう。

「顔を上げてください。サインならいくらでもしますから」

「ありがとうございます! 家宝にします!」

 蘭堂さんの声音から子どものような無邪気さを感じた。目もキラキラと輝いている。本当に俺の書いた作品が好きらしい。

「蘭堂さんへ、でいいですか?」

「先生のお名前だけがいいです。私の名前が横にあるのは恐れ多いので」

「恐れ多いって、そんなことはないと思いますが……わかりました、私の名前だけ書きますね」

 蘭堂さんから持参されたペンを受け取り、表紙を開いて遊び紙のところにサインをしていく。丁寧を心がけたつもりだったが、字がよれて不格好になってしまった。

「ペンを持って字を書くって難しいですね」

「えっ?」

「いや、私たちは普段、仮想空間にいるでしょう。そのときはペンなんて使いませんから、手書きって片手で数えるくらいしかしたことがなくて……すみません、ヨレヨレの字になってしまいました」

「いえ、全然…………全然気にしてません!! むしろ、すごく嬉しいです、廻神先生がアナログ手書きのサイン本って超レアものってことじゃないですか!」

「たしかに、この世に一冊しかありませんね。レア中のレアです」

 俺がそう言うと蘭堂さんは体を震わせて喜んでくれた。俺も口の内側を軽く噛んで、冷静さを保とうとするくらいには胸中で狂喜乱舞していた。サインをしただけでものすごく喜んでくれる読者を生で見てしまったのだ、嬉しいに決まっている。

「よかったね、タスク」

 蘭堂さんが警察署の中に戻るのを見届けてから、ツムギが言った。

「俺さ、自分のために小説を書き始めたところが大きいから、荒木賞受賞のときも思ったけど、俺が面白いと思うものを他人も面白いと思ってくれるのって不思議な気分だ。俺の文章を読んで、内容を吟味して、俺が考えた物語がその人の心に想起する。それで次はその人の中に新しい感想が現れる。俺の文章が刺激になって、感情が生まれてくるんだ。感想を抱いてもらうこと自体が奇跡みたいなもんだと思ってるから、感想もありがたいし、その中身がああいうポジティブなものだと、嬉しさの二乗みたいな感じで、飛び上がりそうになるよな」

 ふわふわした高揚感に包まれて、口がよく回る。

「共感が嬉しいのかな」

「かもな。俺が面白いと思ったものはこちらでございます、あなたも面白いと思いましたか、それはようございました……。小難しいことはなくて、ただそれだけなんだよな」

「そうだね」

 ツムギが微笑んで相づちを打ってくれるのに、だんだんと恥ずかしくなってきて、ゴメンつまんない話したかもしれん、と小さな声でつぶやく。

「面白いよ。タスクが考えてることを教えてくれるのは、面白い」

 それならいいんだ、と頬をかく。

 『ユウジン』を書いていたときも思ったが、ツムギがいるから俺は小説を書けているのかもしれない。面白いことを思いつくのも、俺ひとりだったら到底ムリだっただろう。

「荒木賞って半分こできないかな。ツムギに半分あげたい」

「半分こって……ふふふ、ダブル受賞ならわかるけど、それはないよ。ないない、アハハハハハ!」

 ツムギが堰を切ったようにドッと笑う。

「記念の盾が送られるはずだろう、あれをチェーンソーとかで真っ二つにすれば、片方ツムギにあげられる」

「アハッアハハハハハッ!! ちょっと、笑わすのやめてよ……! 息ができなくなる!」

 俺は結構、真面目に言ったのだがそれがさらにおかしかったらしい。ツムギは大笑いしている。

「……俺ら憑依体だから息もしてないけど?」

「そうだけどッ! そういうことじゃなくて! うひひ……」

 その日はツムギの笑った顔をたくさん見られて嬉しかった。また、ツムギとの交流をベースにした小説が書きたい。受賞式の日には、インタビューのときに受賞作『ユウジン』を超える作品を構想中ですと言っちゃおうかなと思った。


 俺とツムギは早めに現地入りしていた。待機場所には護衛役の坂崎さんと蘭堂さんがいてくれている。

「ふぅ……」

「ツムギが緊張しなくてもいいんだよ」

「してないよ」

「さっきから、深呼吸ばっかしてるから」

「そう?」

 深呼吸しているといっても憑依体だから形だけのものではあるが、ツムギは椅子に座ったままスウハアしていた。

「式の時間も短いんだし、すぐに終わるよ」

「想起しないリストにタスクが刺されたときの記憶を入れてるんだけど、完全に遮断ってわけにもいかないから、薄っすら思い出しちゃうんだよね」

 思い出す記憶の取捨選択が俺たちはできるが、俺が刺されたときの記憶に完全に蓋をしてしまうとツムギはどういう経緯で自分自身がここにいるのかわからなくなってしまう。それを避けるためにツムギは記憶に薄いモザイクをかけている。鮮烈な記憶だと辛くなってしまうが、ぼやけていれば多少は平気なのだそうだ。

「これはね、人間にもわけてあげたい能力だよ。トラウマの治療に役立つだろうから」

 ツムギは元人間だったからか、ときどきしんみりとした面持ちでデジタルヒューマンの能力が人間にもあればいいのに、といったことをつぶやく。

「俺には忘れられないことの切実さは、本当にはわからないけど、ツムギが言うならきっとそうなんだろうな」

「歳を取ると余計にね、覚えていたいことと同じくらいかそれ以上に忘れたいことが増えていくんだ」

 廻神さん、そろそろ準備をお願いしますとスタッフの誰かが呼びに来たので、俺は会場へ向かった。途中で憑依体と意識の接続に一瞬だけラグが生じた。俺とツムギが同時に立ち止まる。

「太陽フレアかな?」

 再び動き出したツムギが首を傾げる。太陽の表面で爆発が起こり、莫大なエネルギーが放出される余波で地球でも通信障害が起こることがある。

「今から受賞式なんだ、その間だけでも頼むぜ~」

「廻神さん、伊龍さん、どうかされましたか?」

 蘭堂さんが心配そうに尋ねてきたので、通信の乱れだと答える。

「どうするタスク?」

 ツムギが手を開いたり閉じたりしている。憑依体との連携がきちんとできているか確かめているのだろう。俺も真似して同じ動作をする。

「どうするって言ったって、もう式は始まるんだ。このまま出るよ、自然現象を気にしたって仕方ないだろ」

 現代の科学技術の進歩は凄まじいと言えども、さすがに太陽フレアをどうにかする方法はない。

「そうだね、なにも起こらないことを祈ろう」

 俺とツムギは予定通り会場入りした。隣同士の席に座って、俺の出番を待つ。式は、つつがなく進み司会の紹介の後、二回目となる壇上へ呼ばれる。

 マイクの前に立った瞬間、首筋がゾッとして逃げ出したい気持ちになった。ナイフが刺さったときのことを思い出してしまったのだ。ああ、これがツムギの言っていたことかとどこか冷静に思う。また変なことを仕出かそうとするやつがいるんじゃないだろか、セキュリティは強化してもらったし、後ろには警察官が控えてくれているのに、やっぱり不安に感じる。この感情は当然のものなのだろうけど、厄介だ。

 怖い。この場にいるのが怖い。

 太陽フレアでもなんでも起こったことにして、憑依体との接続を切ってしまいたかった。けど、俺はそれをしなかった。デジタルヒューマンや、俺自身のことをここで伝えなくてはいけないと思ったし、なにより席にツムギが座っていたから。

 格好悪いところなんて見せたくない。信念半分と意地……いやツムギ半分の気持ちで俺は壇上に立ち、話し続けた。

 受賞式は朗らかな雰囲気で終わりを迎えた。


後編へ続く

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