第3話 トップアイドルはなんと志乃の甥だった
勇太と知り合って一か月目、Aは勇太を殺害する計画を立てた。
なぜ一か月目かというと、それ以上の月日がたつとやはり勇太に情がわくからである。
Aにとって、勇太殺害は半グレの仲間になるための、度胸試しであった。
ちなみに、アウトローになるための条件として、良心を捨てろという教えがある。
Aは勇太を殺害さえすれば、半グレに認められ、一生安泰な生活を送れるのではないかという勝手な幻想にかられていた。
Aは夜中に勇太を呼び出し、首を絞め、四カ所刺殺した。
一カ所刺したときは、さすがに恐怖と罪責感にかられた。
このことが暴露すると、Aは勇太の仲間からバッシングを受けるであろう。
それを打ち消すために、Aは焼酎をあおって度胸をつけた。
勇太をこの世から消してしまえば、世間のバッシング以上の半グレからの称賛を受けるかもしれないという錯覚に捕らわれた。
気がつけば、Aは勇太を死に追いやっていた。
もちろん、半グレはAを称賛することもなく、仲間に入れることもなく、このことは全く無関係であると主張した。
三日後、Aは警察の捜査により、すぐ逮捕された。
本来ならば、十八歳という年齢では本名も顔写真もマスメディアに公表してはならないので、マスメディアはAのイニシアルと目隠しの顔写真入りで写真週刊誌に報道した。
それだけ話題性があると思ったからであろう。
案の定、ネットで大炎上し、Aの自宅も家族もすぐ突き止められた。
Aは少年院送致となったが、少年院など二年もすれば出院できるし、刑務所のように前科がつくわけでもなし、あくまで前歴でしかない。
これではAに対する罰則は軽すぎるし、勇太の命を軽いものとしか扱っていない。
より子はAに対する復讐を考えた。
Aが勇太に与えた同じだけの苦しみを与えれば、勇太は生き返るかもしれない。
もちろんそんなことは、ある筈がないのであるが、これが勇太に対する供養になるのではないかという錯覚にとらわれた。
Aへの憎しみだけが、より子の慰めであり、暗闇に輝く細い光のようだった。
そうでもしなければ、より子は勤務先のスナックで酒に溺れるようになっていたであろう。
より子の彼氏である悟志は、より子を見捨てることはなかった。
ひとり息子勇太を失ったより子にとって、それだけが孤独から解放される唯一の人間同士の温もりであった。
このことが、より子の思い出したくもない封印していた黒歴史ならぬ黒過去である。
なぜ、初対面であるはずの五木志乃に話す気になったのか、自分でもわからない。
そうしないと、酒に溺れてしまい、廃人になってしまうかもしれないという不安と恐怖にかられたからであろう。
より子は、いつのまにか五木志乃に、救いを見出していた。
志乃は、より子の身の上話を聞いて、急に頬に涙を流し始めた。
ただの同情の涙ではない。もしかして、志乃はより子と同じ体験をしたのだろうか? そしてこの涙は共感の涙なのだろうか。
このことは、より子の踏み込めない世界のようだった。
不意に志乃は、テレビのJポップス番組にスイッチを押した。
画面に飛び込んできたのは、男性人気絶頂アイドルグループのプリンスマンがキレのあるダンスをしながら、歌っている。
志乃は、目を細めながら
「ほら、このセンターの子は岸原敬、私の息子なのよといっても、私の姉の子供なの。敬が五歳のときから母親代わりに育てたのは、この私なのよ。
岸原敬は、私の甥なのよ」
より子は、思わずポカンとして、信じられない、こんな偶然があるのだろうかと、首をかしげた。
目をこらして画面を見ると、岸原敬は目元が勇太に酷似していた。
このことも、偶然なのだろうか?
より子は、目元が勇太に酷似している岸原敬を、これから目にしていこうと思った。
このことは、天国にいった勇太を思う、より子のたった一つの救いだった。
そういえば、岸原敬はやはり志乃の甥だけあって、面影が似ている。
志乃はより子に言った。
「ここだけの話だけどね。私の姉にあたる敬の母親は自営業に失敗し、負債を抱え、借金とりに追われていて、敬を育てることができず、実の妹である私が引き取ることにして、敬を育て上げたんだよ。
このことは、敬が中学生のときに、話しているよ。
敬は、実母である私の妹の事情をよく理解した上で、納得してくれたよ」
なるほど、現代でも母親によっては、何らかの事情を抱えて育児放棄する母親もいる。
しかし、子供を捨てたという苦しさは消えることはないだろう。
さいわい、志乃の妹は甥として、育ててくれる姉がいただけ、恵まれているといえるだろう。
子供を育て上げ、成功した母親を見るたびに、母親としての自分のふがいなさに心を痛め、たとえ社会的にいくら成功しようと、欠陥母親という烙印を押されたままに、この世を生きていくことに躊躇するケースが多いという話を聞いたことがある。
その点、敬の実母である志乃の妹は、甥として立派に育てられただけ、ラッキーだっと確信できる。
志乃は最後に、ポツンと独り言のように言った。
「このことは、実子を育てることができず、養子にだした私の罪滅ぼしでもあるけどね」
より子は、志乃の独り言を聞き逃しはしなかった。
メディアで見る岸原敬は、そんな事情をみじんも感じさせないほどに、華やかな衣装に包まれ、歌やダンスだけではなく、昨今もドラマやバラエティーのサブ司会まで勤めている。
ちっとも天狗にならず、先輩にも可愛がられ、ミュージカルにも出演している、いわゆる有望株トップアイドルである。
このままスキャンダルさえ巻き込まれることがなければ、スター街道をまい進していくことになるだろう。
より子は思わず志乃に質問をぶつけた。
「それじゃ志乃さんは、実の子はいらっしゃらないんですか」
たちまち志乃の顔色が蒼白になった。
なにか相当ショックを受けるような、恐ろしいことでもあったのだろうか?
その瞬間、志乃の頬は紅潮し、ガックリとうつむき、たちまち泣き顔になった。
より子は聞いてはならないタブーのような質問を志乃にしてしまったことを公開したが、志乃は口ごもるように口を開いた。
「ここだけの話、あなただから話すわ。
実は、私の産みの息子はね、三年前に人殺しをしたの。
マスメディアで知ったときは、ショックだった。
息子は三歳のとき、養子にだしたきり、一度も会っていなかったけど、写真を見た途端にすぐわかったわ。
今から十七年前、私は不倫の子を身ごもったの。
もちろん、相手の男性から出産することは禁止されたわ。
いや、それどころか「本当に僕の子か?」と言われてときは、ショックだった。
中絶しようかと迷ったけど、とき遅くやはり出産してしまったの。
しかし、私は育てることができなくて、特別養子縁組をして養子に出したのよ。
特別養子縁組だから、私と子供とは、一度も会うことが許されなかったよ」
それを聞いた瞬間、より子はある種の疑惑が生まれ、志乃の顔をまじまじと見つめた。
勇太を殺害した加害者Aと志乃は、どことなく目元が似ている。
もしかして、志乃が養子にだしたという男性は加害者Aのことなのだろうか?
より子は、思い切って志乃に聞いてみることにした。
するとその前に、志乃が覚悟を決めたような悲壮な顔をして、ゆっくりと語り始めた。
「私が、三年前に知った殺人事件の被害者というのは、当時中学二年生だった勇太っていう少年じゃなかった?
まあ、外れてたら申し訳ないけどね」
より子は、声を荒げて答えた。
「そうです。殺されてしまった被害者である勇太は私のひとり息子です」
今度は、志乃がより子の顔をまじまじと見つめた。
「そういえば、私はマスメディアでしか見たことがなかったが、勇太君とあなたは、どことなく口元が似ていると思ったわ」
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