第2話 有能な彼女

──ここは国境検問所。


俺は、ここで出入国者の監視をしている。

検問所は、国内に100ヵ所近く設置されており、俺の職場は中でも国内最大規模を誇る。

と言っても、辺りは荒野で国営のプレハブ庁舎がいくつかあるだけの殺風景な場所だ。

人も車もほとんど行き来がない。


唯一、他の検問所と異なるのは、国境に国営鉱石場があることだ。そこでは、国の財源のほぼ9割を占めると言われる希少価値の高いレアメタルが多く発掘されている。この鉱石場が発見されたのは、つい20年前の話で、某国立大学の採石研究チームが発見したことが発端だ。というのは表向きで、地盤調査でたまたまレアメタルを発見した小さな採石企業に、国が取引を持ち掛け、強引にその土地の利権を買い取った。買取には口止め料を含め、社員が一生遊んで暮らせるほどの金額である、という黒い噂も立っている。


そうは言っても、自国でのレアメタル産出が可能になったことで、自国の軍備増強それから情報通信技術の開発が一気に進み、国の経済は以前よりも大幅に豊かになったのは事実である。お陰で、海外にも引けをとらなくなった国は、今や世界の中心になりつつある。

国の重要資源を死守するためには、新政権は非支持的な者や邪魔になる者は全て、幹部会でブラックリスト入りさせた。そして、裏で静かに抹殺され、表向き、退職・転職という形で徹底排除しているのは、ここだけの話である。


つまり、この国境検問所は、鉱石場の管理及び防衛を行っているのである。俺の出入国者の監視という仕事も表向き、真の任務は、"レアメタルの密採掘の未然防止及び密採掘者の確保・報告"である。


鉱石場の出入り口付近には、赤外線暗視機能付き監視カメラが何百台も設置されており、高さ160メートル、厚さ2メートルの純タングステン製の門とその周りには高電圧有刺鉄線が巻きつけられている。

膨大な監視画像処理及びデータ収集・分析、異常の際の対処や指示出しなど国境防衛ラインの統括は、ほぼ彼女一人が担っている。俺の役割は、ここに立ち入る不審人物の目視または監視カメラでの確認と、異常があった際の上司への報告といったところだろう。


もっとも、鉱石場への立ち入りは原則禁止となっている。国の要請で鉱石の定期的な採掘調査のみ、立ち入りが許可されているが、それも月に一回程度である。言うまでもなく、一般人の立ち入りは禁止、もし立ち入れば、否応なく罰則が課せられる。


─────────────────────


「あの指輪って、赤紫に光ってたでしょ?ほら」


彼女は、監視画像に写っていた指輪を拡大させた。


「あぁ、これはルビー、か?」


「そう!!詳しく構造解析したら、ルビーで間違いなかった。で、このルビー、多分、認識阻害と催眠効果がある感じなんだよね~」


「認識阻害と催眠効果、か。でも、お前なら簡単に見破れるだろ?どんなに細工されていても、お前にかなうやつなど、今まで誰もいなかったはずだ」


「そう!!だからね、この私をあざむけるって、普通は悔しがるところなんだろうけど、逆に嬉しいって思っちゃった!!私を越える人がいたんだって事実、世紀最大のすっごい発見だよね~!」


彼女は目をキラキラさせながら、左右に体を揺らす。

本当に無邪気な女の子だ。

そんな彼女に、改めて惹かれてしまう俺がいる。


それにしても、彼女のレベルを越えるって、一体……

彼女は自国の誇るスーパーAIなのだから、彼女を越えるとなると、きっと相手は、只者ただものではないのだろう…


「調べてみたら、屈折率が微妙に違ってたの」


「屈折率?」


「そう。すっごく微妙でさ~私、0.0001%未満の場合、偶然の誤差として処理するよう自己プログラムしてるの。でも、今回はルビーの屈折率の基準との差が0.000089%でギリ見逃しちゃってたんだよね~」


彼女は、画像処理した、例のルビーを見せてくれた。

一見、何の変哲もないルビーだ。

少なくとも、人間の俺には識別できない。

しかし、スーパーAIである彼女の目をしのぐとなると、このルビーには一体、何があるのだろう。


「それだけじゃなくって、ルビーの基本構造はそのままだから、ルビーで問題なしって認識しちゃったのよね。こういう原子レベルの解析って、私、結構エネルギー使っちゃうの。だから、あえて、異常認識した場合だけ解析するっていう効率重視のプログラムにしてたのが、今回、あだになっちゃったな~」


「いや、お前はよくやってくれてる。むしろ、働きすぎで心配になる。俺はお前に倒れられたら困るんだ。だから…そんなに気にするな」


「やだ、急に優しいこと言うじゃん、私びっくりしちゃった…」


俺はなんて恥ずかしいことを言っているんだ。

それよりも、俺の言葉で頬を紅く染めた彼女が愛らしくて仕方がない。

お互いにしばらく、気恥ずかしさを帯びるも、彼女はすぐに息を整えて話を再開する。


「でね?屈折率が違ってた理由がこれ」


と彼女は、ルビーの構造分析画像の中に映る微細な紅点を示す。


「この不純物ね、どんなに解析しても成分も構造も全然分からないの。鉱石ってことは間違いないんだけど」


「…つまり?」


「未知の鉱石ってこと。あれが認識阻害と催眠効果を起こしてる原因」


俺は驚愕した。


「そんな鉱石があるのか…しかも、お前が知らないなんて、そんなこと…本当にあるんだな」


「そうね、私にも知らないことあったんだな~なんかワクワクしちゃう。でね?ここからは、私の推測なんだけど、この一週間、ここでプロポーズしてたカップルはみんなあのルビーを付けてて、それでね?そのルビーは、あなたにはここでのプロポーズの光景を正常と認識させ、私には何の変哲もないルビーと認識させてたと思うの」


彼女の的確かつ迅速な分析に、毎度、度肝を抜かれる。一方で、奢ることなく真摯に、今起きている事実と向き合う彼女も俺は好ましいと感じていた。


「ん、確かに、それなら一連の事態の説明がつくな」


「でしょ?!」


「ん?しかし、どうやって、そんな未知の鉱石を手に入れるんだ?とても、あのカップルたちが手に入れられるとは思えないんだが」


「って思うじゃない?!でもさ…あそこなら…」


彼女はある方向に顔を向ける。


「あそこって、」


「そう!あの鉱石場なら、こんな見たことない鉱石があってもおかしくない!」


「あそこは、国が管理してるんだぞ?!そんなこと…」


「むしろ、その国が関係しているとしたら…?」


確かに…

それはありえるかもしれない。

彼女の推測に合点がてんがいった。

確かに、これまでにはない抜本的政策を生み出した新政権に対する世論の支持率は上々であった。

しかし、新政権になってから、幹部の黒い噂も絶えなくなったことを俺は知っている。


だが、ここで、一つ疑問が残る。


「なら、じゃ、あのカップルはどうしたんだ?まさか、お前……見逃したんじゃ……ないよな?」

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