第10話 白銀妃の計画
「「乾杯!」」
とハモる弓使いと斧使い。
「カンパァ~イ!」
テーブルに片足を乗せてグラスを掲げるリースペトラ。
「乾杯」
きりっとした表情ながらもリースペトラに向けてグラスを差し出すシルヴィア。
「……乾杯」
ぶすぅっと不貞腐れた風のカルミア。
「……」
その中で「なぜこんなことを……」を果実水片手に考えるケラスは、はしゃぐリースペトラに目を向けた。
その視線に目ざとく気が付いたリースペトラは椅子に座ると酒を注ぎなおしながらケラスを見る。
「なんだ、楽しくないのか?」
「そうなのか?」
リースペトラの言葉に追従するシルヴィア。若干顔が赤くなっているのに気が付いた青年は、「こいつ、さっそく酔ってやがるな」と思った。
「ケラスさん! 楽しくいきましょう、楽しく!」
完全に出来上がっている弓使いは決闘のさなかケラスの耳にダメージを与えた大声で言う。
「そうだぜ、せっかくの親睦会なんだからな!」
斧使いも弓使いに負けないくらい太い声で言うと、グラスの中身を一気に煽った。
「アレイ! 良い飲みっぷりだな、我が二杯目を注いでやろう」
斧使い――アレイの飲みっぷりに感心したリースペトラがアレイのグラスに二杯目を注いでいると、それを見ていた弓使いが手を上げる。
「リースペトラさん! 僕にも二杯目をお願いします!」
「アンシュラント、お主も飲める口か!?」
弓使い――アンシュラントの言葉に喜色を浮かべたリースペトラが嬉々として酒を注ぐ姿を見つめるケラス。
その様子を片目にグラスを傾けていたシルヴィアが口を開く。
「愉快だろう? 私の仲間たちは」
「……そうだな」
ケラスの言葉にシルヴィアはフッと笑みを浮かべる。いつも変化が乏しくキリッとした表情を崩さないシルヴィアにしては珍しい、とケラスは思った。
「やはり、私たちと共に来る気はないのか?」
先ほどの笑みを引っ込め真剣な面持ちを携えたシルヴィアが問う。しかし、ケラスはゆっくりと首を振った。
それを見たカルミアがグラスを持つ手に力を込める。
「それは、私たちよりもあいつの方が強いから、ですか?」
「カルミア――」
「いや、いいんだ」
ケラスはカルミアを咎めようとしたシルヴィアに対して制止の意を込めて首を振る。そしてアレイとアンシュラントと肩を組んで笑っているリースペトラを見た。
「確かに、あいつは強い。――初めてあいつと遭遇した時、俺は手も足も出ずに昏倒するはめになった」
「……」
「そんな、ケラス様が……?」
カルミアが唖然とした様子でリースペトラを見る。
……当の本人は緩み切った顔で酒を飲んでいるが。
「だが、理由はそれだけじゃない。俺の目的の為にはあいつが必要なんだ」
ケラスはそう言うと、存在しない左腕に視線を向けた。
二の腕の付け根辺りから存在しない左腕。あるのは先を縛った袖だけだ。
それを見たカルミアは視線を下に落とす。
「……リースペトラ殿はそれを治せると?」
シルヴィアの言葉にケラスは頷く。
「あぁ、俺の腕を目にして断言したのはあいつだけだ。可能性はある」
ケラスは果実水に口をつけた後、「確証は無いがな」と付け加えた。
その言葉にシルヴィアは瞑目すると、背もたれに体を預けた。そして少し間を開けてから話し出す。
「そうか。なら諦めよう」
「シルヴィア様!」
シルヴィアの言葉にカルミアが声を上げる。しかし、シルヴィアはカルミアを目線で制した。
「私たちにも譲れない目的があるはずだ。だからその気持ちが分かるだろう?」
シルヴィアの言葉にカルミアは何か言いたげな表情を浮かべるが、それを飲み込んで「……はい」と絞り出した。
カルミアの言葉に神妙な面持ちのシルヴィアが頷くと、さらに口を開く。
「今までしつこくすまなかったな。これからは勧誘はしないと約束し――」
「お主らの目的、我めっちゃ気になるな!」
湿っぽい三人の雰囲気をぶち壊す勢いで会話に割り込んだリースペトラ。ケラスは既に体中から酒臭さを醸すリースペトラを見てため息をつく。
「飲みすぎじゃないか、――リース」
ケラスの言葉に満足そうに頷いたリースペトラは自身のグラスに酒を注ぐと、一気に呷った。
「これが飲まないでいられるか! こんなことは久しぶり過ぎてさすがの我も興奮を抑えられん!」
満面の笑みを浮かべたリースペトラはシルヴィアのグラスに酒を注ぎつつさらに続ける。
「それに、協力してやったのだ。報酬の代わりに教えてはくれまいか? シルヴィアよ」
リースペトラが言うと、シルヴィアにテーブル皆の視線が集まった。
「話の全容が見えてこない。一体、どういうことだ?」
代表してケラスが問う。
「……そうだな。ちょっとした酒の肴にはなるかもしれん」
シルヴィアはなみなみと酒が注がれたグラスに口を付けて言った。
「そうか? なら遠慮なくご褒美も貰うとしよう」
リースペトラは「迷うなぁ」とニマニマして酒を飲む。その姿を見ながらシルヴィアが口を開いた。
「リースペトラ殿、あらためて礼を言いたい」
シルヴィアがリースペトラに頭を下げ、それを見たカルミアが不機嫌そうに口を引き結ぶ。
リースペトラは「よいよい」と言って手を振ると、二人の雰囲気を飛ばすように笑った。
「我も久々にちゃんと魔法を使ったからな。良い準備運動になったぞ」
「……」
リースペトラの言葉にケラスが唸る。そして炎の壁を突き破った礫のことを思い出した。
それは
決闘を外から見ていた者たちはリースペトラの発言から決闘の様子を思い浮かべ、あれが本気でなかったことに少なからず衝撃を隠せない。
「やはりあなたに任せて正解だった……」
シルヴィアは安心と緊張が混じったように言うと、カルミアを見る。
「カルミア、いつまで不貞腐れている? お前も先ほどの決闘で思うところがあっただろう?」
「……」
カルミアは食べ物に伸ばしていた手を止めるも、引き結んだ口を動かす気配はなかった。むしろシルヴィアが声をかけたことでよりいっそう……という感じ。
カルミアが意固地になっているのは一目瞭然であり、アンシュラントが特に困ったな、という気遣わし気な雰囲気を醸す。
シルヴィアはカルミアとアンシュラントの様子に気づき、少しだけ表情を和らげた。
「戦闘で魔法を使えるほどの魔力量を備えた者は少ない。だから魔法使いは珍しく、様々な場所で重宝される。その中でもウチのカルミアは出来が良くてな、ところどころ気持ちが先行しすぎるきらいがあった」
「そうだろうな」
シルヴィアの指摘に身に覚えがあるのか、カルミアの肩がピクリと震える。さらに続くリースペトラの発言を受け、カルミアがリースペトラを見た。
「――そういうところだ」
「痛っ……」
じろりと睨むカルミアの頭をこつんと叩くシルヴィアと、そのまま机に突っ伏したカルミア。二人のやり取りをみたリースペトラが少し笑みを深くする。
「そろそろカルミアに上の存在を意識させてやりたかったのだが、前線基地も類には漏れず魔法使いが少なくてな。機会がずっと無かった」
シルヴィアがカルミアの背をさすってやると、遠慮がちにカルミアが顔を上げる。
「そんなところにリースペトラ殿が現れたのだ。ちょうどいい、魔女殿にカルミアの鼻っ柱を折ってもらおうと計画したわけだ」
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