第11話 白銀挑望景の目的

「魔女!?」

 カルミアが唖然とした様子でリースペトラを見ると、リースペトラは自身の頬にピースを添えた。


「なんだ、我が魔女だと気づいてたのか」

 

 リースペトラの言葉にシルヴィアが頷く。


「えぇ。リースペトラという名を聞いた時にもしや、と。そして――」

 シルヴィアは未だ衝撃から抜け出せていないカルミアの肩に手を置く。


「カルミアとの決闘を見て確信した」


「……」

 カルミアは一連の会話の中で黙ったままだ。


 魔法使いの最高到達点である"魔女"が目の前にいる。そして自分が決闘を申し込んだ相手が"魔女"であった事実。驚いて当然、むしろもっと驚け、とリースペトラは思った。


「魔力をよく視る、だったか。カルミア、しっかりとその意味を理解してさらに強くなってくれ」


「……はい」

 カルミアは少し間を開けて言った。そこにはまだ飲み下せていない感情が見え隠れしていることをリースペトラは感じ取る。


 しかし、それも当たり前のことだと思い何も言わない。


 強制された考えなど己の為にはならない。そこに反発があるのは当然。反発は癇癪とは違う、自身の物差しで測って異を唱えたから起こるものだ。


 時間をかけて、ゆっくりと、その意味をかみ砕いていってほしい。


 リースペトラは後輩の魔法使いにそんなことを思った。


「よし。……話が逸れてしまったな」

 シルヴィアはカルミアを鼓舞するように背中を叩くと、一度言葉を区切ってから続けた。


 その言葉に酔っ払いのアレイとアンシュラントが表情を引き締める。カルミアも少し遅れて背筋を正した。


 パーティメンバーを見回したシルヴィアは酔いを一切感じさせないキリッとした表情でリースペトラを見る。


「私たちは大規模犯罪組織、双頭の蛇衆サーペンユランの手がかりを追っている」


「さーぺん、ゆらん?」

 リースペトラはシルヴィアの言葉をたどたどしく復唱する。


「……知らないのか?」

 リースペトラの様子にシルヴィアが驚いて言う。シルヴィアの驚き具合はケラスがリースペトラに負けた、と聞いた時以上のものだ。


「生憎、俗世に疎い生活をしていたからなぁ」


 おどける様に言うリースペトラを見てケラスがため息をつく。


「……まぁいい。サーペンユランは有史以来、つまりおよそ五百年ほど前から存在すると言われている、大規模の犯罪組織だ」


 シルヴィアの言葉にレクトシルヴァの面々が空気を固める。


「手を染めた犯罪は多岐に渡り、窃盗や強盗は勿論、殺人や人身売買も行ってきた。さらに、様々な戦争にも関与してきたという噂もある」

 

 戦争に関与。シルヴィアの発言から相当な規模の組織だと察するリースペトラ。


「死の商人、か」


 リースペトラの言葉にシルヴィアがかぶりを振る。


「いや、それすらも生ぬるい。サーペンユランは犯してはならない禁忌に触れたんだ」

 そこで一度言葉を区切ると、変化に乏しいシルヴィアに珍しく険しい表情を見せた。


 リースペトラたちの間にピリっとした空気が降り立ち、騒いでいる周りとの差にケラスは圧迫感を覚える。


 それほどにシルヴィアが放つ圧はすさまじいものがあった。


 ――リースペトラと初めて相対した時のことを思い出すくらいには。


 そんな中でもリースペトラの表情は涼やかであり、極々普通といった風にグラスを手に持ってシルヴィアを見ている。


 シルヴィアはリースペトラを見返すと、口を開く。


「……改造生物。サーペンユランは人と魔物のキメラを製造し、世に放っている」





 夜も更けた前線基地、ギルド内。程度の差こそあれ酒を飲み盛り上がっている冒険者どもの中、少し異なる空気を持つテーブルが一つ。


 無表情の中に強い意志の炎が灯った双眸を湛え、リースペトラを射抜くシルヴィア・リーンコード。


 さらに、決意とが込められた表情を浮かべるカルミア、アレイ、アンシュラントの三人。


 リースペトラは彼らの様子から、皆がそれぞれサーペンユランに因縁を持つことを察する。しかし、それを突っ込めるほどの関係ではない、と冷静に判断をしていた。


 よって口を開くことはせず、シルヴィアの続く言葉を待つ。


 それはケラスも同様であった。


「――すまない。空気が悪くなってしまったな」

 シルヴィアは放っていた圧を引っ込めると、キリっとした表情の中に微笑を浮かべて見せた。レクトシルヴァの面々も続き、明確に空気が弛緩する。


「いや、気にするな。それにずけずけと聞いた我も悪いしな」


「そんなことは無い。決意を新たにする機会を得たこと、感謝する」

 シルヴィアはグラスに口を付けると、「リースペトラ殿には感謝が積み重なってしまうな」と続けた。


 それを受けたリースペトラがニヤリと笑う。


「じゃあ、少しお高めの酒が我、飲みたいなぁ」


「喜んで。私たちはそれなりに金はある方だ」

 リースペトラのおどけた言葉にシルヴィアは笑うと、こちらも冗談交じりに返した。


 シルヴィアがスタッフに声をかけると、すぐに新しい酒が持ってこられた。シルヴィアはリースペトラのグラスにお酒を注ぎながら、言う。


「大陸未踏破域であるこの森を攻略する冒険者は皆が実力者だ。今もすさまじい勢いで開拓が進んでいる。もし、攻略のさなかでサーペンユランの情報を得た時は教えてほしい」

 シルヴィアは懐から一枚の紙きれを取り出すと、リースペトラに差し出した。


「奴らは組織の存在をアイデンティティとしている。この紋章がついている場所、モノは間違いなく手がかりになるはずだ」


 紙切れには金貨に巻き付く双頭の蛇が描かれていた。


 ゆっくり、確実に、金を締め落とす。サーペンユランの根底が見えてくるような紋章を確認し、リースペトラの蒼い瞳が揺れ動く。


 しかし、シルヴィアはそれに気が付くことは無かった。


「……分かった。もし見つけた場合は、真っ先に報告しよう」

 リースペトラはそう言って紙切れを懐にしまい込んだ。

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