第2話 魔女と剣士 下

「それは本当か!?」

 先ほどまで冷めていた青年の瞳に新たな感情が灯る。言うなれば期待感、だろうか。渇望していた願いを、未来を、目の前にぶら下げられた獣のごとき食いつき。


 しかし、青年も馬鹿ではなかった。すぐにその感情を心の奥にしまい込み、目の前の魔女を疑ってかかる。


 青年は笑みを深めたままのリースペトラとしばし見つめ合った。


「どうだろ――」


「質問がある」

 焦れて口を開いたリースペトラを遮る形で青年が言う。一方、割り込まれたリースペトラは不快感を示すこともなく、「ん?」と青年の続きを促した。


「目的はなんだ? 俺の旅に同行することで何を狙っている」


「少々明け透けじゃないか。女子おなごとの会話は駆け引きが重要だと我は思うぞ」

 青年のストレートな物言いにリースペトラは目をパチクリとさせたのち、首を少し傾げながら言う。その際に揺れた襟足がリースペトラの鎖骨を撫でた。


 青年は吸い寄せられた鎖骨から目を逸らすと、誤魔化すように続ける。


「生憎、あんたと恋愛関係になるつもりは一切ない」


「面と向かってはっきり言われるのはさすがの我もショック」

 そう言って頬を膨らませるリースペトラ。


「……あんたは俺に取引を持ちかけた。なら今後はビジネスパートナーだ」


「ふむ、なるほど」


 先ほどまで醸していた冗談っぽさを引っ込めたリースペトラの言葉を受けた青年はさらに続ける。


「まさか本当にただの気まぐれ、などとは言わないだろうな。今日の今日出会った相手と二人きりで行動を共にする。労力も警戒もそれなりにかかる筈だ。それに見合うほどの魅力が俺にはあるのだろう?」


「お主、”魔女”についてはどれくらい知っている?」

 青年の質問に質問で返したリースペトラ。青年は眉をピクリとさせて不快感を示す。しかし、それに気づいたリースペトラは「どれくらいだ?」と押しが強い。


「……魔導を極めた者。そこらの魔法使いとは一線を画す魔法の熟練者。そんなところか」

 青年はさらにため息を隠さず、だが質問には答えてくれた。リースペトラは満足そうに頷く。


「半分正解、と言ったところか。ちなみに、魔女とは言うが魔導を極めれば性別など関係はない。我みたいに美しい者もいれば、枯れたジジィもいる」


「……そうか」

 青年は若干の間を開けて言う。相槌が返ってきたリースペトラは「話が逸れたな」と言って説明を再開した。


「魔女とは、自身の魔力が特異的に変異した者のことだ」


「魔力が、変異する?」


「そう。魔導を深く探求し、自己を見つめ、自分でも知らなかった自分を理解する。その先にあるのが自身の魔力との触れ合いだ。――そして、ここまで到達するのはさほど難しいことではない。世の大魔法使いと名高い彼らはこの域に達した者のことを指す」

 リースペトラはそこで一度言葉を区切るが、「しかし」と続ける。


「魔力との触れ合いではまだ足りない。触れ合いなど我からしてみればただの児戯に等しい。さらに深く、濃厚に交わり、己が魔力との融合を果たした時――」


 ざわり、と森がうごめく。

 

「魔女へと至るのだ」

 リースペトラは人差し指を顎に当て、先ほどまでとは違う、深く妖しい笑みを浮かべて見せた。


「……正直、よく分からん。もう少し簡潔に頼みたいのだが」

 青年はリースペトラの艶美な雰囲気に当てられてつばを飲み込む。しかし、若干の間を開けて口を開くことが出来た。


「ちょっとお主~? 我がキメキメに決めたのだから、もう少しふさわしい反応があるのではないか?」

 先ほどまでの空気が霧散し、青年にダル絡みのような言葉をかけるリースペトラ。しかし、青年は寡黙なペースを取り戻しており動じない。


 そんな様子を不満げに味わったリースペトラは諦めたようにため息をついた。


「しょうがない、では簡潔に。魔女の特徴は主に二つだ」

 リースペトラは顔の横で両手の人差し指を立てる。続けて右手の人差し指を降ろした。


「一つ、魔女に至った者はその者固有の魔法を手に入れる」

 さらに左手の人差し指を降ろす。


「二つ、魔女は魔力を切らせば――死ぬ」

 リースペトラは二つの握りこぶしを降ろすと、「はい死んだ」と続けた。


「理解したか?」


 リースペトラの言葉に青年が頷く。


「あぁ。魔女の特徴については理解した。で、それが俺の旅に同行する理由にどう繋がる? その固有魔法とやらで呪いを解いてくれるのか?」


「それもまた、半分は正解だ」

 青年は「今一歩、足りないなぁ」というリースペトラの言葉に対して鼻を鳴らした。


「まぁ気を悪くしないでくれ。これもまた必要なことだ」


「? それはどういう……」


「話を戻そう。お主の呪いは我の固有魔法で解呪することが出来る」


 出来る、と言い切られた青年は瞳に希望の念を隠せない。しかし、その期待に歯止めをかける形でリースペトラが言葉を重ねる。


「そのためには大量の魔力が必要だ。今の我が解呪の魔法を使えば、間違いなく魔力切れで死んでしまうだろう」

 リースペトラの言葉で青年の気勢が削がれてしまう。それを察したリースペトラは「しかし!」と先ほどよりもテンションを上げて言った。


「お主と行動を共にすることで魔力は順調に回復していくはずだ。お主は腕を治せる、我は魔力を確実に回復できる。ギブアンドテイクだ!」

 蒼い瞳を爛々と輝かせたリースペトラの言葉に、青年は考え込むそぶりを見せる。


「なんだ? まだ不満があるのか?」


「俺と行動を共にすることでなぜ、魔力が回復できる? そこにある作用機序が一切わからない」

 

 確かに、青年の疑問はもっともだ。リースペトラの説明だと魔力が回復できるとは言っているが、なぜという重要な部分が一切詳らかになっていない。


「……細かい男は嫌われるぞ」

 そんなことを言うリースペトラに対して青年は吐き捨てるように笑った。


「要領を得ないことばかり話す女っていうのも、男には嫌われるな」

 

 青年の言葉にリースペトラは目を見開いて沈黙を返す。しかし、青年の「うん?」という言葉と笑みに負け、口を開いた。


「魔女の魔力は自然回復しない。それぞれで回復方法は異なるが、我の場合、親しき者と同じ時間を過ごすというのが一番効率的だ」


「……なんだ、それ?」

 

 青年の心底疑問だ、というような意味が込められた困惑を受け止めるリースペトラ。続けて「確かに」と首肯を返す。


「こればっかりは我にもどうしようもない。それより、ほら、これから親しい関係に深まっていこうではないか」

 リースペトラはニヤリと笑い、青年の身長に合わせるように腕を上げて握手を求める。


 青年はその手をしばらく見つめると、鼻を鳴らしてから握り返した。


「……契約成立だ。俺は呪いを解くためだったらなんだってする。せいぜいお前を利用してやるよ」


「これから親しい関係になるのだぞ? 利用とか言われると我は悲しい」


「……あんたの魔力が最初から潤沢だったらと思わずにはいられない」


「確かに、それは違いないな!」

 青年の恨み節とも取れる言葉を、リースペトラは快活に笑い飛ばして見せた。

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