恒久のリースペトラ~魔女は隻腕の剣士と出会う~

桃波灯火

プロローグ

魔女と剣士 

 魔物が巣食う森の中、それも濃縮されたそれらが住まう奥の奥、生半可な存在など到底生きてはいられない過酷な環境で一人、歩を進める青年がいた。


「日暮れまでには戻れるか……?」

 青年は空を見上げて渋い目つきを見せる。しかし、その声色に焦りの感情は見られない。


 一瞬の隙でも見せようものなら凶悪な魔物、それこそ人の世に知れ渡っていないレベルの存在が襲ってきかねないこの森において、日没に対する認識が甘いと言われかねないそのセリフ。


 しかし、その余裕も仕方がないのかもしれない。

 

「ゲシャァッ!」

 突如、茂みから凄まじい速度を持って飛び出したヘビの魔物、タイラントスネークが鋭利な牙を青年に向ける。


「――」

 青年の動きは洗練されていた。タイラントスネークの初撃を軽やかなバックステップで躱し、背中から剣を抜く。


 鎌首をもたげたタイラントスネークに向けるのは自身の身長ほどもある大剣だ。しかも青年はそれを片手で構えていた。


 その光景はこの場に目撃者がいたのならば、間違いなく違和感を与えていただろう。青年の体格は決してひ弱なものではないが、細身であった。


 無論、戦闘を生業とするだけあってそれ相応の筋肉は持っているように見える。しかし、明らかに両手剣と思えるそれを片手で扱えるような体つきには見えなかった。


 そしてその目撃者が落ち着いてモノを見ることが出来ていたならば、もう一つの違和感に気が付いただろう。


 それは、青年のシルエットだ。


 片手で構えた大剣、油断のない立ち姿、細身の身体に赤みがかった黒髪、そして、存在しない


 それに気が付けば片手で大剣を握る理由が理解できるだろう。しかし、なぜ片手で大剣を構えられるのか、という疑問が新たに発生するわけだが。


「シィ……」

 一方、奇襲を避けられたタイラントスネークは青年を警戒し動きを止めていた。タイラントスネークはS級相当の魔物。そも、人が遭遇しては死を覚悟すべき存在。


 それが青年を前にして警戒心を隠さない、というのは異様な光景であった。


「来ないのか? じゃあ……」

 青年は友人に声をかけるような気軽さで言うと、一歩踏み込んで――


 ――。


 攻防は一瞬……いや、防御など存在しなかった。大剣は空を切るような軽々とした動作でタイラントスネークを。青年は足元に転がった光の無い瞳と目を合わせる。


 青年の目からは驚きも、喜びも読み取ることが出来ない。あるのはある種の飽き、だろうか。S級の魔物であるタイラントスネークを前にしても拭えない作業感というモノを滲ませる。


「……」

 青年は瞳から視線を外すと、自身の身長ほどある大剣を背中に戻し、懐から小さなナイフを取り出した。続けて迷いのない動作でタイラントスネークの身体にナイフを入れる。


 タイラントスネークは全身が素材になる。特に表皮は重宝されていた。硬くて薄く、そして軽い。ごくまれに市場に出回れば極上の防具を求めて皆が手に入れようと躍起になる。


 表皮を手にした者は売ったお金で10年は遊んで暮らせるだろう。


 しかし、青年はそんな宝を前にしても目立った感情を見せない。やはりあるのは作業感だ。


 まるでタイラントスネークなど見飽きた、と言っているようである。




 タイラントスネークの討伐から数十分と少し、青年の足元には大量の表皮と肉、そして牙が並んでいた。解体を終え、若干の疲労を滲ませながら立ち上がる。


 ――ガァゴ、ガァゴ


 そんな青年の耳が特徴的な鳴き声を捉えた。


 ――ガァゴ


 ――ガァゴ、ガァゴ


 ――ガァゴ、ガァゴ、ガァゴ


 耳障りの悪い鳴き声が増殖。鼓膜を刺すように大きくなっていく。


「タイラントスネークの次は牢獄鳥。S級がうじゃうじゃ居やがるな」

 青年は牢獄鳥の鳴き声がする方を見て呟いた。


「だが、俺は運がいい。ここでもう少し待つとしよう」

 青年は作業感の中に少しの期待を滲ませた目をしつつ言う。

 

 牢獄鳥。S級の魔物であり、群れで獲物を狩る習性を持つ。狩りの際には標的の後をしつこくつける、疲労で足を止めたが最後、全身を骨までしゃぶられるのだ。


 特徴的な鳴き声は狩りが終盤であることの証拠。段階的に増え、大きくなっていく鳴き声は標的の疲労した精神を確実に壊す術。


 そして、牢獄鳥が狙うのは


 つまり青年は今まさに命の灯火が消えようとしているのを待っている、ということだ。包み隠さず言えば見殺しである。


 青年の力があれば牢獄鳥の群れなど容易く倒すことが出来る。しかし、そうしないのは青年が標的の持ち物を狙っているからだ。


 牢獄鳥が欲しいのは人間の肉。そいつが持つ武器等には一切興味を示さない。魔物が巣食う場所で持ち物だけが転がっていた場合、それは牢獄鳥の餌食なった証かもしれないのだ。


「……静かになったな」


 鳴き声が消えたのは青年が牢獄鳥の存在に気が付いてからすぐのことだった。それもそのはず、狩りの終盤の合図なのだから当たり前ではある。


「よし」

 しかし、青年は待ちわびたかのようにそう漏らすと、そこでさらに十数分待ってから行動を開始した。


 牢獄鳥は標的をしゃぶり尽くして巣に戻ったはずだ。しかし、念の為大剣を構えて警戒しつつ、落とし物がある現場まで向かうべく歩を進める。


 幸い青年は牢獄鳥にも、他の魔物にも遭遇せず森の中を進むことが出来た。


「鳴き声的にはここら辺だと思うが……」

 青年は音の大きさや聞こえる方向からある程度の距離を導くことが出来る。青年の所感では既に現場付近にいる、という認識。


「――!?」

 

 青年が避けることが出来たのはほぼ勘のおかげであった。


 落ちかけた紅色の日が照らしたのは顔ほどの大きさの礫。木々の間を縫って飛来したそれを青年は間一髪のところで避け、大剣を握る手に力を込める。


 青年は遅ればせながら、木々の先に見えないながら強大な存在がいることを感じ取った。タイラントスネークよりも、牢獄鳥よりもはるかに強い圧である。


 この森に来て青年は初めて自身の緊張を自覚した。


 そも、青年は油断していたわけではない。タイラントスネークの襲撃も、この森を進んでこれたことも、青年の技量と警戒心が故だ。


 そんな青年が気づけなかった存在。自身の警戒網を突破してきた何者かに緊張することは当たり前であった。


「……」

 青年はまっすぐ礫の飛んできた方向を睨みながら、自身の利益と安全を天秤にかけて進退を考える。

 

 青年は剣士だ。それも引き際をわきまえている剣士。力量、戦況、損失、様々な要素を多面的に考え、常にリターンが大きくなる選択をしてきた。


 そしてその判断を極めて短時間に行うこともまた、忘れない。青年は大剣を仕舞わず、バックステップでの離脱を選択。


 しかし、今回はそれでも遅かったようだ。


「まぁ、逃げるな」


 バックステップのさなか、耳元で囁かれたかのような声に驚き青年が目を見開く。それと同時、青年の目の前に広がっていた木々が左右に。青年の視界が急激に広がった。


 青年は瞬時に”射線が出来た”と理解する。これでは先ほどの礫の的もいいところ、身体に風穴を開けられかねない。


「チッ!」

 青年はここにきて初めて大きな感情の発露を見せる。しかし、焦ってはいない。冷静に射線を切るべく移動しつつ、開けた先に目をやった。


 そこで青年が見たものとは――


「見つけたぞ」


 青年を飲み込まんと迫りくる大量の蔓の存在であった。







「く……ぁ」

 青年は鼻につく不快な匂いで目を覚ました。小さく声を漏らしながら、少しずつ覚醒する意識で状況の把握につとめる。


 青年はすぐに自分が拘束されていることに気が付いた。


 右手を蔓によって縛られ、木に繋がれている状態。左手が二の腕辺りから存在しないためにバランスが偏っていて、その影響は既に背中の痛みとして表れていた。


 無論、背中に吊っていたはずの大剣の重みは感じられない。青年は状況を俯瞰で見て思わず舌打ちをしたくなった。


 しかし、流石はS級の魔物を簡単に屠ることの出来る剣士。目を覚ました直後であるにも関わらず、敵の存在を警戒して目を覚ましたことを悟られないよう、ピクリとも動かない。


 少しの間を開け、決して首などは動かさないように気を付けて薄く目を開く。


「……ッ」

 青年は今この瞬間、悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたいと思った。


「おはよう」

 青年は下から自分を覗いている蒼い瞳に射抜かれた。


「……」

 いつから気づかれていた、俺を拘束したのはこいつか、青年の中で浮かぶいくつもの疑問を無表情の下に隠しながら、冷静さを意識して相手の観察を開始。


 しかし、見た目からはほとんど何も判断できない。分かるのは蒼い瞳のみ。他は全身を覆うローブの所為で隠されていた。


「よく眠れたか?」

 蒼い瞳を持った人間が言う。青年はその声の高さから相手が女だと判断した。


「……あぁ、すがすがしい朝だ」

 青年の言葉に蒼い瞳の女は頷くと、「それは良かった」と言いながら立ち上がった。青年もその動きに合わせて顔を上げる。


 女は青年と比べて半分ほどの身長しかないようだ。立ち上がった女と拘束されて座っている青年の目線がほぼ同じくらいで重なる。


 続けて判明したのは不快な匂いの元。女の背後で十数匹の黒い鳥が炎にまみれていた。つまり、あの匂いはタンパク質の焼ける際に発生するものだろう。


 そしてあれは牢獄鳥だ、と遅れて理解した青年はさらに驚愕の事実に気づき、自身の運命を悟った。


 牢獄鳥の鳴き声が消えたのは狩りが終わったからではない。目の前の女に全て殺されたからだ。そしてあっという間に拘束されることになった蔓の存在、あれはおそらく拘束魔法によるものだろう。


 青年は自身の実力を冷静に鑑みたうえで、目の前の相手がはるかに格上の存在であると確信した。このままでは助かる未来が見えない、とも考える。


「我、聞きたいことがいくつかあるのだが」

 突破口を探して頭を回転させる青年に対し、女が言う。


「……なんだ?」

 青年はこれ幸いとその言葉に反応する。良い時間稼ぎになる、と考えてのことだ。


「この魔物はお主がけしかけたものか?」


「は?」

 青年は突拍子もない質問に思わず驚きの感情を隠せなかった。しかし、驚いたのは女も同じ。目を見開いた青年に対して女は顔を近づける。


「なんだその反応は。こやつらが襲ってきた、近くにお主がいた。となればお主が魔物使いであると疑うのはおかしいことではないだろう」


「冗談ばかり言うならさっさと俺を殺せ。魔物を人間が使役できるわけがないだろう。そんなことが出来るのは魔物使いぐらいだが……所詮、伝説上の存在だ。いるわけがない」


「なんと……」

 青年の言葉に女は衝撃を隠せない。大きく目を見開いて青年の顔を覗く。しかし、女からは青年が嘘をついているようには見えなかった。


「魔物使いが伝説の存在? そうか、もう消えてしまったのか――」

 女はそう呟くが、青年にその言葉は聞こえなかったようだ。「何か言ったか?」と女に問い掛ける。


「……いや、何でもない。我の早とちりだったようだ、謝罪する」


「だったらこの拘束を解いてくれないか。もう半身が痛くてしょうがない」

 青年は女が危害を加えるつもりがないと判断し、少々の安堵が混ざった声色で言う。しかし、女はすぐに首を振った。


「嫌だ。勘違いの拘束だぞ? 報復で襲われたくないし。謝罪して、十分に我が離れてから拘束を解こう」


「……良い性格だな」


 青年の呆れた言葉を受けて女が笑う。


「褒められるのは久しぶりだ」


「いや、皮肉のつもりなんだが」


「責められるのも久しぶりだな。ある意味、気持ちがいい」

 女はそう言って再び笑いをこぼす。そこで青年が黙ってしまったため、二人の間に沈黙が降り立った。


「……こほん」

 それを気まずく思ったのか女はわざとらしい咳払いをし、続けてローブのフード部分に手をかける。


「我が名はリースペトラ。”恒久”を賜りし魔女、リースペトラだ。此度はお主に対する非礼を深く謝罪しよう」

 女――リースペトラはフードを外して顔をあらわにすると、青年に向かって頭を下げた。


「……ぉ」

 数秒の謝罪ののちリースペトラが顔を上げると、小さく声を漏らした青年と目が合った。


 頭のてっぺんから耳元まではボリュームがあり、そこから下はレイヤー層状が入った襟足が続く蒼みのあるロングヘア。


 ふわりとした前髪はリースペトラの左目を隠しており、蒼く深い海のような右目を強調させている。


 健康的に赤い頬とふっくらとした唇はリースペトラの色気を引き立たせており、そこらの街で見かければ皆の目を引く見た目であった。


 青年はそんなリースペトラを凝視して固まっている。


 リースペトラは困惑を顔に張り付けて青年の顔を覗く。


「お主、一体どうした? まさか我の謝罪を受け――ふ、そうか。そうか……ふはははっ!」

 先ほどまでの困惑顔は鳴りを潜め、口を大きく開けて笑い出す。青年もさすがに硬直から抜け出し、笑いを抑えられず腹を抱えだしたリースペトラの様子を窺った。


「そうかそうか。お主、時間トキになったか。あまりに久しぶりのことで既に胃がもたれてしまった」


「と、き?」

 今度は青年が困惑する番だった。リースペトラの言葉の意味が理解できず、疑問符を隠せない。


 そんな青年を見てリースペトラはさらに笑いを深めると、青年に向かって手をかざした。


 すると青年を拘束していた蔓がみるみる枯れていくではないか。青年はそれに驚きつつも拘束の緩くなった手首に力を込め、蔓を千切りながら立ち上がる。


「一体、どういう風の吹き回しだ?」

 先ほどまでとは話が違う、と言いたげに青年はリースペトラに目を向ける。


 そんな青年の言葉にリースペトラは「まぁまぁ、落ち着け」という風にジェスチャーし、続けて口を開いた。


「いやなに、気が変わっただけだ。――我をお主に同行させてくれ」


「……」

 青年は困惑に加えて警戒の目つきでリースペトラを睨む。


「もちろん、タダでとは言わない。お主にも利がある提案だ」


「利、だと?」

 リースペトラの意味ありげな言葉に青年は問いを返す。リースペトラはそれを受けて満足そうに頷いた。


「うむ。お主のを我が治せる、と言ったらどうだ?」


「それは本当か!?」

 先ほどまで冷めていた青年の瞳に新たな感情が灯る。言うなれば期待感、だろうか。渇望していた願いを、未来を、目の前にぶら下げられた獣のごとき食いつき。


 しかし、青年も馬鹿ではなかった。すぐにその感情を心の奥にしまい込み、目の前の魔女を疑ってかかる。


 青年は笑みを深めたままのリースペトラとしばし見つめ合った。


「どうだろ――」


「質問がある」

 焦れて口を開いたリースペトラを遮る形で青年が言う。一方、割り込まれたリースペトラは不快感を示すこともなく、「ん?」と青年の続きを促した。


「目的はなんだ? 俺の旅に同行することで何を狙っている」


「少々明け透けじゃないか。女子おなごとの会話は駆け引きが重要だと我は思うぞ」

 青年のストレートな物言いにリースペトラは目をパチクリとさせたのち、首を少し傾げながら言う。その際に揺れた襟足がリースペトラの鎖骨を撫でた。


 青年は吸い寄せられた鎖骨から目を逸らすと、誤魔化すように続ける。


「生憎、あんたと恋愛関係になるつもりは一切ない」


「面と向かってはっきり言われるのはさすがの我もショック」

 そう言って頬を膨らませるリースペトラ。


「……あんたは俺に取引を持ちかけた。なら今後はビジネスパートナーだ」


「ふむ、なるほど」


 先ほどまで醸していた冗談っぽさを引っ込めたリースペトラの言葉を受けた青年はさらに続ける。


「まさか本当にただの気まぐれ、などとは言わないだろうな。今日の今日出会った相手と二人きりで行動を共にする。労力も警戒もそれなりにかかる筈だ。それに見合うほどの魅力が俺にはあるのだろう?」


「お主、”魔女”についてはどれくらい知っている?」

 青年の質問に質問で返したリースペトラ。青年は眉をピクリとさせて不快感を示す。しかし、それに気づいたリースペトラは「どれくらいだ?」と押しが強い。


「……魔導を極めた者。そこらの魔法使いとは一線を画す魔法の熟練者。そんなところか」

 青年はさらにため息を隠さず、だが質問には答えてくれた。リースペトラは満足そうに頷く。


「半分正解、と言ったところか。ちなみに、魔女とは言うが魔導を極めれば性別など関係はない。我みたいに美しい者もいれば、枯れたジジィもいる」


「……そうか」

 青年は若干の間を開けて言う。相槌が返ってきたリースペトラは「話が逸れたな」と言って説明を再開した。


「魔女とは、自身の魔力が特異的に変異した者のことだ」


「魔力が、変異する?」


「そう。魔導を深く探求し、自己を見つめ、自分でも知らなかった自分を理解する。その先にあるのが自身の魔力との触れ合いだ。――そして、ここまで到達するのはさほど難しいことではない。世の大魔法使いと名高い彼らはこの域に達した者のことを指す」

 リースペトラはそこで一度言葉を区切るが、「しかし」と続ける。


「魔力との触れ合いではまだ足りない。触れ合いなど我からしてみればただの児戯に等しい。さらに深く、濃厚に交わり、己が魔力との融合を果たした時――」


 ざわり、と森がうごめく。

 

「魔女へと至るのだ」

 リースペトラは人差し指を顎に当て、先ほどまでとは違う、深く妖しい笑みを浮かべて見せた。


「……正直、よく分からん。もう少し簡潔に頼みたいのだが」

 青年はリースペトラの艶美な雰囲気に当てられてつばを飲み込む。しかし、若干の間を開けて口を開くことが出来た。


「ちょっとお主~? 我がキメキメに決めたのだから、もう少しふさわしい反応があるのではないか?」

 先ほどまでの空気が霧散し、青年にダル絡みのような言葉をかけるリースペトラ。しかし、青年は寡黙なペースを取り戻しており動じない。


 そんな様子を不満げに味わったリースペトラは諦めたようにため息をついた。


「しょうがない、では簡潔に。魔女の特徴は主に二つだ」

 リースペトラは顔の横で両手の人差し指を立てる。続けて右手の人差し指を降ろした。


「一つ、魔女に至った者はその者固有の魔法を手に入れる」

 さらに左手の人差し指を降ろす。


「二つ、魔女は魔力を切らせば――死ぬ」

 リースペトラは二つの握りこぶしを降ろすと、「はい死んだ」と続けた。


「理解したか?」


 リースペトラの言葉に青年が頷く。


「あぁ。魔女の特徴については理解した。で、それが俺の旅に同行する理由にどう繋がる? その固有魔法とやらで呪いを解いてくれるのか?」


「それもまた、半分は正解だ」

 青年は「今一歩、足りないなぁ」というリースペトラの言葉に対して鼻を鳴らした。


「まぁ気を悪くしないでくれ。これもまた必要なことだ」


「? それはどういう……」


「話を戻そう。お主の呪いは我の固有魔法で解呪することが出来る」


 出来る、と言い切られた青年は瞳に希望の念を隠せない。しかし、その期待に歯止めをかける形でリースペトラが言葉を重ねる。


「そのためには大量の魔力が必要だ。今の我が解呪の魔法を使えば、間違いなく魔力切れで死んでしまうだろう」

 リースペトラの言葉で青年の気勢が削がれてしまう。それを察したリースペトラは「しかし!」と先ほどよりもテンションを上げて言った。


「お主と行動を共にすることで魔力は順調に回復していくはずだ。お主は腕を治せる、我は魔力を確実に回復できる。ギブアンドテイクだ!」

 蒼い瞳を爛々と輝かせたリースペトラの言葉に、青年は考え込むそぶりを見せる。


「なんだ? まだ不満があるのか?」


「俺と行動を共にすることでなぜ、魔力が回復できる? そこにある作用機序が一切わからない」

 

 確かに、青年の疑問はもっともだ。リースペトラの説明だと魔力が回復できるとは言っているが、なぜという重要な部分が一切詳らかになっていない。


「……細かい男は嫌われるぞ」

 そんなことを言うリースペトラに対して青年は吐き捨てるように笑った。


「要領を得ないことばかり話す女っていうのも、男には嫌われるな」

 

 青年の言葉にリースペトラは目を見開いて沈黙を返す。しかし、青年の「うん?」という言葉と笑みに負け、口を開いた。


「魔女の魔力は自然回復しない。それぞれで回復方法は異なるが、我の場合、親しき者と同じ時間を過ごすというのが一番効率的だ」


「……なんだ、それ?」

 

 青年の心底疑問だ、というような意味が込められた困惑を受け止めるリースペトラ。続けて「確かに」と首肯を返す。


「こればっかりは我にもどうしようもない。それより、ほら、これから親しい関係に深まっていこうではないか」

 リースペトラはニヤリと笑い、青年の身長に合わせるように腕を上げて握手を求める。


 青年はその手をしばらく見つめると、鼻を鳴らしてから握り返した。


「……契約成立だ。俺は呪いを解くためだったらなんだってする。せいぜいお前を利用してやるよ」


「これから親しい関係になるのだぞ? 利用とか言われると我は悲しい」


「……あんたの魔力が最初から潤沢だったらと思わずにはいられない」


「確かに、それは違いないな!」

 青年の恨み節とも取れる言葉を、リースペトラは快活に笑い飛ばして見せた。

 

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