本編

前線基地にて

第3話 前線基地へ

 青年は燃えている牢獄鳥に片っ端から砂をかけて消火していくと、懐からナイフを取り出した。


 その様子を見ていたリースペトラが我慢できないとばかりに口を挟む。


「お主、何をしている?」


「ん? あぁ、牢獄鳥の素材を取っていこうと思ってな。肉やら皮は燃えちまっているが、嘴や歯だったら無事なモノがあるかもしれない」

 青年はさも当たり前という風に言う。しかし、リースペトラは青年の行動が理解できなかったようだ。疑問符を隠さずに首をかしげる。


「どうせ加工できる技術など持っていないんだろう? コレクションにでもするつもりか?」


 青年は木に寄り掛かってリラックスしているリースペトラを一瞥し、ため息を隠さない。


「――うるさいぞ。あんたは契約で俺の旅に同行する、と言ったんだ。あまり文句を言っていると置いていく」


「なんと、それはマズいなぁ」

 リースペトラは微塵も慌てる気配を見せず、肩をすくめてから目を閉じる。その様子を確認した青年は何も言わずに黙って牢獄鳥の解体に意識を集中した。



「待たせたな」

 既に日が落ちだし森を茜色に染め始めたころ、ナイフを仕舞った青年がリースペトラに声をかける。


「――うにゅ?」

 それを受けてリースペトラは寝ぼけ眼といった風に立ち上がった。さらにお尻周りの土を払うと、青年に目を向ける。


「で、これからどうするのだ? もう既に日が暮れ始めているし、我は野宿でもいいぞ」


 青年は「何を馬鹿なことを」と言いたげに目を細めるが、リースペトラに目ざとく気が付かれたため咳払い。


「ここから一時間もあればにたどり着く。今日はそこで夜を越す」

 青年は手早く自身の装備を点検すると、「着いてこい」とだけ言って歩き出した。


「我、寝起きぃ」

 そんな青年に対しリースペトラは間延びした声をかけつつも、しかし荷物など持っておらず身軽であったのですぐに追いつく。


 青年は大柄で歩幅も大きい。しかしその差を感じさせない歩みでリースペトラは横を行く。


「お主、食べ物とか持ってない?」

 ふと、何の気なしといった風にリースペトラが言う。しかし、青年は目線に呆れを乗せてリースペトラを見た。


「……逆に聞くが、持っていないのか?」


 青年の問いにリースペトラはちょこんと頷く。


「かれこれ三日ほど前から何も食べてない」


「そうか――おい、服の中をまさぐるな! 食料は残っているが野宿用しかない!」

 青年がため息をついた隙に手を伸ばしたリースペトラだったが、青年が素早く気づいてリースペトラの手を払う。


 叩かれて赤くなった手の甲をこれ見よがしにアピールしながら、リースペトラは青年を睨んだ。

 

「前線基地に行けば少しくらい温かいものが食べられる。そこまで待て」


 青年の言葉に眉をピクリとさせるリースペトラ。


「……温かい?」

 

「? あぁ、何か問題があるか」

 一段低くなったリースペトラの声に青年は違和感を覚え、そちらを見る。しかし、それはすぐに無駄足だったと思わされた。


「なるほど~」

 出会ってから一番の明るい顔を見せるリースペトラ。にんまりとした口角を確認した青年は若干のイラつきを自覚した。


「温かいもなど大分久しぶりだな。我は楽しみだぞ~」


「そうか」


「うんうむっ」

 リースペトラはにこっとした笑顔を浮かべると、一歩一歩を弾ませながら青年を追い越す。


 そのテンションの上り幅を見届けた青年は言葉を失ってしまったのを隠すため、最初から黙っていたという風にしてリースペトラに付いていった。






「お主~もう日が暮れたぞ。我、夜が怖いなぁ」

 リースペトラは間延びした声で言うと、青年をチラチラと見てアピール。


 青年はこいつ、最初こんな感じだったか? と考えつつ、態度の緩くなったリースペトラを見てため息をついた。


 そこで思うのはリースペトラと最初に遭遇した時のこと。青年は自身の技量を見誤る性格ではない。しかし、完全に虚を突かれた一撃で昏倒、拘束されることになってしまった。

 

 牢獄鳥を解体し森を進み始めてから既に一時間ほどが経っている。いつもなら苦労の無い道中だが、ある種軽薄なリースペトラの言動に疲労が溜まってしまっていた。


 普段ならさっさとこんな奴切り捨ててソロで動くところだが、呪いのこと、リースペトラの技量を鑑みるとそうもいかない。


 認めるのは非常に不本意だが、呪いの解呪法補欠だがは勿論、リースペトラは戦力にもなり得るだろう。


「黙ってばっかいると我、寂しいぞ?」

 リースペトラが心労と利益を天秤にかけ唸っていた青年の進行を阻む形でちょこんと飛び出てくる。


 蒼い瞳で青年をまっすぐ見つめ、しかもそれが身長差という物理的ではあるが上目遣いという形。

 

「……」

 青年はそこで息を止めた。


「お~い、お主?」


「お~い」


 青年はリースペトラの言葉を無視。そのまま木々の間を縫って歩を進め、既に暗闇を落とした森を行く。


 リースペトラは言葉と頬に不満を表しながらも、ずんずん進む青年に難なくついていった。


 そして数分もしない頃、


「あ痛っ」

 突然立ち止まった青年の背中にリースペトラがぶつかった。


「急に立ち止まるのは頂けな――」


「着いたぞ、前線基地だ」

 リースペトラの言葉を遮って青年が言う。


「ん?」

 青年の背中に隠れた形のリースペトラは疑問符を浮かべつつ、青年の隣に並ぶ。


「――おぉ! なんだこの拠点。穴ぼこ!?」


 リースペトラの所感はあながち間違いではなかった。


 青年とリースペトラは今、崖の縁に立っている。高さとしてはそこまででは無いが、目算で五メートルほど。


 そして何より特徴的なのは、その崖の縁を線で見ると二人の反対側まで丸く伸びており、巨人の足跡のように一段へこんだ地面が広がっている点だ。


 ある種箱庭のような空間。そこにいくつものテントが乱立しており、結構な人数が確認できる。


 また、箱庭を照らす淡いランプがあらゆるところに設置されており、上から見ると幻想的な空間を作り出していた。


 リースペトラは目の前の光景に目を見開き、「綺麗だ」とこぼす。


「よし、行くぞ」

 しかし、青年はその感慨を味わうつもりはないのか、もしくは飽きてしまったのか、ぽつりとつぶやきそのまま

 

「なぬ!?」

 リースペトラは驚きしゃがみ込んで崖の縁を掴む。すると、難なく着地した青年と目が合った。


「早く来い」


「いや、いやいや!」

 平然とした空気の青年に対し、リースペトラは大きく首を振る。


「入り方というものがあるだろう! 入口はどこだ、我はそこから入る」

 

 青年は「細かい部分を気にするな」と呆れながら首を振った。


「前線基地に入り口は存在しない。各々が勝手に飛び降りる。まぁ、天然の城壁みたいなもんだ」


「なるほどな……」

 リースペトラは前線基地の面々と自身の常識のズレを味わいつつ、ため息をついた。その様子を見た青年は鼻を鳴らすと、リースペトラに背を向ける。


「宿屋に行く前にギルドに寄るぞ。早く来い」

 そう言ってリースペトラの方を気にすることもなく歩き出してしまったではないか。リースペトラは青年の背中に見送られ、再び「なぬ!?」と声を上げる。


「分かった分かった。降りるから待て! 我はそのギルドとやらがどこにあるのか知らないんだぞ!」

 リースペトラは崖下を見てごくりとつばを飲み込むと、三度ほど躊躇してから空に飛び出した。


「おぉぉぉぉぅ……」

 情けない声を上げつつ、しかし見事に着地したリースペトラ。表情こそげそぉっとしていたが、足にダメージはないようだ。


 いつの間にかこちらの様子を窺っていた青年に気が付くと、すぐに小走りで駆け寄る。


「高いのは苦手だ」

 リースペトラは「うへぇ」いう雰囲気。


 青年はリースペトラの弱点を一つ学んだ。




「ここだ」

 飛び降りてから少し、二人はすぐにギルドに到着した。


 青年が示した親指に誘導され、リースペトラの視線がギルドに向く。


 すると表情をぱぁっと明るくした。


「ほぉ、立派な建物だなぁ」

 リースペトラはここまで歩いてくる中で、ほとんどテントしか確認することが出来なかった。あったとしても掘立小屋くらいで、外界との仕切りが布かぼろい木の違いだけだ。


 しかし、ギルドは石壁に包まれており二階建て。そして当たり前のようにでかい。リースペトラが青年のそばを離れて奥を伺うと、十分にある奥行きも確認できた。


「ここで何をするんだ?」

 戻ってきたリースペトラが興味あり気という風に尋ねる。


 青年はそれに面倒くささを感じたが、ギルドを知らないという非常識さからして、これが日常になると諦めたようだ。


 いつも通りため息をつくが、続けて口を開く。


「ここでさっき解体した素材を売る。S級だから結構な金になるだろう。あと、あんたお待ちかねの飯にありつけるはずだ」


 飯、という言葉にリースペトラが頬を上気させる。


「それは楽しみだなっ。お主、さっさと行くぞ。飯が逃げる!」


「お、おい! 飯は別に逃げやしないぞ……まぁ、人気のメニューならそうでもないか?」

 青年の服の裾を掴んで引っ張るリースペトラ。


 数日間の探索でさすがに腹が減っていた青年は、リースペトラを引き留める風ではあったが引っ張られるままに歩く。


 そして、


「――様」

 ギルドに入っていく二人を遠くから見る者がひとり。

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