エコー
たきたたき
エコー
時間が出来たので以前からずっとしたかった一人旅をすることにした。と言うのはただの言い訳で、息苦しい首都圏から脱出しのんびりと気ままに旅がしたかったのだ。
そして今回どうしようかと考えた時に真っ先に思いついたのが、高速を使わずに下道だけをのんびりと走る250ccでのバイク旅であった。
準備としてツーリング用の地図を買い、大体のルートと大凡の時間を割り出す。そして兎にも角にも、まずは1号線に出ようと決めた。この1号線というのは東京は中央区の日本橋から大阪は梅田までを繋ぐ国の主要道路である。そしてその道路は大阪は梅田で2号線という名前に変わり道は更に西へ伸びている。その1号線と2号線をメインにのんびり走りながら興味が向けばそこに寄り、適宜休憩を取りながら十七時を目処に到着したその土地土地で、その日の適当な安宿を探しということを続けようと考えていた。写真で見れる観光名所よりも、見たことの無いなんと言うことのない景色を見たい。雑誌に載っているような有名な郷土料理よりも、適当に入った店で適当な料理を味わいたい。そうやって型に嵌らず自由気ままに過ごしたいというのが本心であり、今回の旅の目的である。
一日目。家から1号線に出て東京を抜け神奈川へ向かう。コンビニやファミレス、ガソリンスタンドを経由して静岡に入った。静岡は広い。それは幾度となく乗った新幹線で身に染みている。なので今日の宿は静岡駅辺りにしようかなと思いつつバイクを走らせる。そんな中、静岡に入りしばらく走った先にあった海沿いの道では、標識には60キロ制限と出ているのにトラックや車が80キロ、下手をすると100キロ近い速さで走っており、ずっと緊張を保ったまま二時間近く走る羽目になってしまった。そういう
そうしてなんとか静岡駅までたどり着くと、ケータイを取り出して宿を検索し直接電話を掛けバイクが停められるか部屋が空いているかと相談をする。問題が無ければそのまま宿にバイクを停めて部屋で温かいシャワーを浴び、運転で固まった全身の筋肉を解すために入念にストレッチをしてから、夕食を食べるお店探しを兼ねて近隣の散策である。そして適当な店で夕食を食べコンビニに寄ってから部屋に戻ると、何をする訳でなく持ってきた文庫本を読みつつ眠気を待つ。初日にして肩が重い。
二日目。名古屋には古い友人が住んでおり、明日に今回の日程的には三日目に合流しようという約束を取り付けている。なので今日はのんびり走って十八時くらいまでには名古屋に着けば良いかな程度の緩いプランである。
十時に宿を出て、途中コンビニに昼休憩のために立ち寄った。バイクを停めるために駐輪所にバイクを回していると、駐車場で子供が狂ったように泣いているのを見かけた。その小さな男の子はバイクを停めた私の元へやってきて「だずげでー」と泣き喚いている。周りに人はいない。仕方が無いのでヘルメットとグローブを外してその場に屈み、その子の話を聞くことにした。
「おがーさん、どこおおお。」
泣き狂っている子供に状況説明が出来るとは思えないが、親と
「いやぁ。どうしたらいいんスかね。親御さんも探してるかもしれないですし、ちょっと待ってたらふらって戻ってきたりしませんかね?」
話にならない。私が助けを求めたレジに居た若い店員は、面倒を押し付けないでくれという気持ちが全面に出ていて、そっちでなんとかしてくれというのが透けて見える。
「じゃあ、ここで警察を呼んでもいいですか?」
「あ、助かります。」
埒が開かないので私が警察に電話をすることとなった。子供を連れ外に出て電話をかける。
「子供がコンビニの前で泣いてまして。多分迷子だと思うんですけど。」
「そちらの場所を教えていただけますか?」
周囲を見渡す。コンビニの看板に〇〇店という屋号が載っていたのでそれを伝えた。
110番なんて生まれて初めてである。緊張で何を聞かれ何を話したのか全く覚えていないが、名前を聞かれ近くの交番に連れて来いと言われたのを土地勘が無いのでと断ったのは覚えている。泣き喚いていた子供は私の服の袖を握りしめながら今も隣でぐずったままだ。
「あの、どうされたんですか?」
そんな状況を見兼ねてか、声を掛けてきてくれたのはOL姿の若い女性だった。
「ここに立ち寄ったらこの子が泣いていて、多分迷子だと思うんですけど。それでここの店員さんに助け求めたんですけど相手にしてもらえなくて。それで今警察に電話を掛けたところなんです。」
「そうなんですね。ねえぼくぅ、お名前聞いてもいいかな?」
「みっくん。」
「みっくん?」
「うん。みっくん。」
「年齢言えるかな?いくつ?」
「よっちゅ。」
「そっか。じゃあ幼稚園か保育園かな?」
「うん。」
「お母さんと逸れちゃったの?」
「ゔん、おがあざん…」
まずい。親のことを聞くと泣きスイッチが入るらしい。
「ねえ、みっくん。喉乾いた?」
「ゔん。」
「じゃあお茶飲もっか。お茶。」
「ゔん。」
「それじゃあ僕、買ってきます。子供って冷たい麦茶のがいいのかなぁ?」
「そうですね。お願いします。」
そのOLさんが相手していてくれる間に私がコンビニへ戻ってペットボトルのお茶を買い、外にあったベンチに3人して座ってお茶を飲む。少しはこれで落ち着くだろうか。
「私の分まですみません。」
「いえ、全然です。遠慮なさらず。」
「ありがとうございます。…ねえ、みっくんはどこに住んでるの?」
「うーん。おうちい。」
みっくんはOLさんに気を許しているのか、彼女の問いかけには積極的に返事をしている。ただ私が買い物から戻った瞬間から再び私の服の裾を掴んだままだ。
「それで警察はなんて?」
「すぐに警察官を向かわせるって言ってたので、もう来るかと思うんですけど。あの、助かりました。僕、子供の相手をあまりしたことがないのどうしようかと思ってました。ありがとうございます。」
「そうなんですね。でもみっくん、お兄さんのこと大好きみたいですね。」
握りしめた服の裾を見ながら笑っている。
「はあ。」
「お兄さんがねぇ、みっくんのお母さんを探そうってお巡りさんに電話してくれたんだよ。もうすぐお巡りさんが来てみっくんのお母さん探してくれるからね。」
「おまわりさんくるの?」
「そうだよ。だからお姉ちゃんとお兄ちゃんと一緒に待てるかな?」
「うん。まつう。」
そして早々に話題が無く無言になった。警察官か親御さん、早く来てくれ!と叫びたい気持ちで一杯になる。みっくんはベンチに腰を掛けた私たちの間で何が楽しいのかニコニコしながら足をぶらぶらさせ、両手でペットを持ち少しずつお茶を飲んでいる。まぁ泣かないだけマシかと思いたい。
「あの、お時間は大丈夫なんですか?」
間が持たないので私の方から話しかけてしまった。
「時間?ああ大丈夫ですよ。私、今日外回りなんで。それにこのコンビニでよくサボってるんです。だからよく来るんですよ、ここ。」
営業職なのだろうか。私はそういう仕事がよく分からないのでなんとも言えない。サボっていても良いんだろうかと心配になったが、彼女自身がそう言うのであればきっと良いのだろう。
「そうなんですね。なんかすみません。」
「いいえ。お兄さんはこの辺の人なんですか?」
「いえ、僕は今バイクで旅行をしてまして。」
「えええ、そうなんですか?どこから来られたんです?」
「東京です。」
「へえ、東京から。じゃあこのコンビニへは休憩に?」
「はい。」
「おしっこ。」
みっくんが突然おしっこと言い出した。私は慌ててみっくんの手を引き、コンビニに連れて行きトイレまで案内した。
「一人でトイレできる?」
「うん、できるう。」
一安心である。
ベンチに戻り暫くすると自転車に乗った女性の警官がやってきた。私はその姿を遠目に見えた瞬間、思わず手を挙げてしまった。
「迷子で通報されたのはあなた方で間違いないでしょうか?」
「はい。」
「えっと通報していただいたのは?」
「私です。」
通報した人間との照会なのか簡単に名前を聞かれ、話は状況確認に移る。
「では詳しいお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?少し状況を把握させていただきたいのでご協力お願いします。」
何も悪いことはしていないのに背筋が伸びる。何故なのか。
「僕がこのコンビニに立ち寄ったらこの子が泣いてまして。話を聞いても要領が得なかったのでコンビニの店員に助けを求めました。そうすると明らかに面倒を押し付けないでくれという態度を取られたので、私がその場で110番をしました。それでこの方が声をかけて下さって三人でお巡りさんか親御さんが来られるのを待ってました。」
「そうですか、じゃあ本当に全く面識のない子供さんなんですね?」
「はい。」
「では、あなたは?」
「私はコンビニに寄ったら、このお兄さんが小さい子供を連れてレジであたふたしてるのを見かけて、見てらんなくって思わず声を掛けたんです。」
「そうですか。では最初にこの子に会われてから時間ってどれくらい経っているかって分かりますか?」
「えーっと。」
腕時計を見ると十四時過ぎだった。どのくらい前なのかきっとこの人は正確な答えを求めてるというのは分かる。
「あ、110番した時間で分かるかもですよ。発信履歴で見れません?」
OLさんがアドバイスしてくれたので、促されるままにケータイの履歴を見る。
「電話をしたのが十三時四十四分なんで、その直前ですかね。バイクを停めてこの子に声を掛けられて、そのまま店員に相談に行ってすぐ電話をかけたので。」
「なるほど。一時四十四分の少し前ってことは、一時四十分頃にはすでにこの子が迷子だったってことですね。」
「そう…ですね。」
刑事ドラマでそんなシーンを見たことはあったけれど、実際にそんな推理のようなことをするんだと少し感心してしまった。しかしこういう情報って警察手帳にメモをするもんじゃないんだ。とも思った。
「じゃあ僕、お名前は?」
「みっくんです!」
「みっくん。上の名前はわかるかな?」
「うえのなまえぇ?」
「うん、お名前。」
「うーん。わかんなぁい。」
「そっかぁ。分かんないかぁ。困ったなぁ。」
婦警さんとみっくんとのそのやりとりに反射的に思わず笑ってしまった。それにつられたように婦警さんも笑い、OLさんもつられて笑うとみっくんも笑った。
「では私はコンビニの中に行って防犯カメラがあるか調べてきます。その間、本当に申し訳ありませんが、子供さんをもう少しの間、見てて頂けませんでしょうか?」
「ああ、はい。大丈夫です。ここで待ってます。」
「ありがとうございます。ではよろしくお願いします。」
婦警さんはそう言うと店の中に入って行った。
「なんかドキドキしちゃいました。」
「そうですね。」
謎の一体感である。そしてまた気まずい沈黙が始まる。
「お巡りさん、自転車で来ましたね。」
今度はOLさんが話しかけてきた。
「そうですね。パトロール中だったんでしょうかね?」
「ね。でもこれからどうするんでしょう?」
「ん?どうするとは?」
「自転車で一人で来て、この子どうやって保護するのかなって。」
「あー確かに。」
確かに言われてみればそうだ。交番なのか警察署なのか分からないけれど、あの婦警さん一人でこんな小さい子供を乗って来た自転車もあるのにどうやって連れていくつもりなんだろうか。それにこういうのって普通二人組のお巡りさん達で対処するんじゃないのかとも思う。
そんなことを話していると、一台の車が凄い勢いでコンビニの駐車場に入ってきた。
「ままのくるまぁ。」
みっくんが立ち上がって車に向かって走り出そうとするのを咄嗟に腕を掴んで止めた。車はこちらに気付いたのか近くに駐車し、停車と同時に母親と思われる女性がこっちに走ってきた。その姿を見て私はみっくんの手を離すと、みっくんは母親の方に走って行った。
「ああ、心配したんよ。良かったぁ。もうどこ行ってたのぉ。大丈夫ぅ?」
母親が今にも泣きそうにみっくんを抱きしめて声を掛けている。
「うん。大丈夫ぅ。」
みっくんは泣きもせずケロッとしている。
「あの、お母さんですか?」
「はい。もしかして、ずっと一緒にいて下さったんですか?」
「この方が警察にも電話してくれて。」
「いえ、この方も一緒に。はい。」
「えっ警察?そ、そうなんですか?ありがとうございます。本当にありがとうございます。」
「それで、今警察の方がコンビニの中で事情を聞いてると思いますので、僕、呼んできますね。」
「は、はい。」
コンビニに入りさっきの婦警さんを探す。表にはいないのでバックヤードに入ったのだろう。さっきの面倒臭そうな対応をしてくれた若い店員に言ってバックヤードから、婦警さんを呼んで貰うことにした。すると間も無く年配のスタッフと思われる人と婦警さんが出てきた。
「お母さんが来られたみたいで。」
「ああそうですか。それは良かったです。まだ表におられますか?」
「はい、多分。」
二人して外に出た。
お母さんに話を聞くと、みっくんこと光希くんは車の後ろの
「そっか。良かったね。みっくん。」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんにありがとってちゃんと言いなさい。ほら。」
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがと。」
「どういたしまして。」
「良かったね。」
こうしてこの騒動は無事に終了した。お母さんは何度何度も頭を下げて礼を言い、みっくんを車に乗せて帰って行った。
車を見送った後、私たちは改めて和やかな状態で婦警さんと話をすることが出来た。婦警さんが一人で自転車に乗って来たのは単純にこの現場に一番近かったのでということらしい。こういう場合、まずは事件か迷子かの判断をする必要があるらしく、ほとんどの場合はこんな感じでうっかりが招く迷子案件だと言うことである。そういう話を聞いて私とOLさんは二人して「なるほどぉ。」と唸ったのだった。
そしてこれから婦警さんはコンビニの店員たちにかなりきついお灸を据えに行くらしい。というのも、このコンビニの入り口には「子供110番の家」というステッカーが貼られているのだが、今回の私への対応も含めその辺の対応がかなり不味かったようだ。そうして私たちに感謝と労いを伝えると、婦警さんはコンビニの店内へ明らかに引き締まった表情で入って行ったのだった。
「どうなることかと思いましたけど、無事にお母さん見つかって良かったですね。」
「はい。本当に良かったです。それに本当に助かりました。僕一人だとどうなってたか。本当にありがとうございました。」
と、そのタイミングでグゥーとお腹が鳴ってしまった。そう言えばこのコンビニには遅い昼ごはんを買いに来たのだった。お腹が鳴ったタイミングが絶妙過ぎてOLさんは思わず吹き出していた。
「すみません。お腹鳴っちゃいました。」
「ふふふ、お昼まだなんですか?」
「はい。ここで何か買おうかって立ち寄ったんですけどね。こんなことになっちゃって。」
「そうでしたか。それじゃあせっかくですし、この辺の美味しいもの食べにぜひ寄って行ってくださいよ。それに私もお昼食べ損なっちゃったんで、もし良かったらですけどお昼ご一緒に如何ですか?」
「えっ!良いんですか?」
「奢りませんよぉ?」
「はい。それは…はい。」
そして私は彼女の先導する軽四車に付いてバイクを走らせる。昨日今日と私にしては速度を上げて過ぎて走っていたのでこのくらいのスピードが気持ちがいい。
そこで私は人には適正速度というものがあるということに初めて気が付いたのだった。
エコー たきたたき @Tacki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます