春季大会県大会後編



 輝はチームメンバーの不安を感じ取り、宇都美の不在を埋めるために何かをしなければならないと強く感じた。彼は宇都美に代わり、試合の戦略会議を主導し始め、彼女がしていたように試合のポイントを解説した。しかし、彼自身も宇都美がどこにいて何をしているのか、彼女の安全が心配でならなかった。

 試合前のミーティングで、輝はチームの前で立ち、デジタルボードを使って戦術を説明した。


「みんな、今日の試合で重要なのは、左サイドからの攻撃だ。試合中は俺の指示をしっかりきいてくれ!追いやすいようにするから、しっかりと確認してほしい。」


「輝、このプレイで相手の弱点をどう突くんだ?」

田中が輝に聞くと輝はすぐに質問に答えた。


「相手のディフェンスが集中するから、その隙に速攻で抜け出す。具体的には、ここの動きを利用して、サイドチェンジを早めに行う。」


 声でのコミュニケーションの練習を取り入れたことで、輝はチームケイトと話す機会が自然と多くなり、昔のように会話ができる中に徐々に戻っていっていた。


 試合が始まると、輝は積極的に声を使ってチームを指揮した。彼の指示はチームに安心感を与え、プレイの質を向上させていたが、完璧ではなかった。


輝:「右、もっとプッシュして!そのまま行け、行け!」


佐々木:「了解した、輝!」


一方で、輝の声が通らない場面もあり、彼はフィールドの反対側にいる選手に声を届けるのに苦労した。


武列:(輝に向かって叫ぶ)「輝!こっちの声、聞こえてる?」


輝:(大声で応答)「聞こえてるよ!そのまま進め!」



 病気になる前まではアイコンタクトや表情から意思疎通をしていたが、新たに手に入れた声の力を使うためにパスを出す際に自分の意図を伝えることで意思疎通を行うようにした。


輝「田中、俺にパス出せ、そのまま裏抜け出してけ。」


田中「オーケー。」


 そして病気になる前と同様正確なパスを繰り出した。それは病気になる前と変わらない連携だった。その完璧な連携から田中がゴール右端に冷静にシュートを撃ちだす。ボールはキーパーの手に触れることなく、ゴールネットに突き刺さった。

 試合はその1点を守り抜き、チームは勝利を収めた。


試合後、チームは一つのゴール差で勝利を収めたが、輝はチーム全体に向けて話をした。

「みんな、勝てたのは良かったけど、まだまだ連携には改善の余地がある。特に、俺の声が届かないことが何度かあった。それについては、次の試合までに解決策を見つけるよ。」


武列:「輝、今日は本当によく頑張ったよ。お前の声がなかったら、今日の勝利はなかったかもしれない。でも、お前が言う通り、もっとスムーズに連携を取れるようにしよう。あんな練習意味ないとか言ってごめんな。」


 試合の成果と課題を反映して、輝は自身の限界を超えてチームを支える新たな方法を模索し続けることを誓った。彼は障害を乗り越えるための新しいスキルを身につけ、チームをさらに高いレベルへと導くための継続的な努力を約束した。


「チームのためにも、もっと多くの方法を試して、俺たちの連携を強化する。みんなの支持があれば、どんな困難も乗り越えられると信じている。これからも一緒に頑張ろう。」


 輝の話にチームメンバーは感動し、一層の団結力を深めることができた。彼らは新たな挑戦に向けて、互いに支え合いながら前進することを決意した。

「輝、お前の今日のリードは素晴らしかった。声を通じてチームを引っ張るお前のスタイルは、まさに新しい形のリーダーシップだ。」

 コーチが輝を褒めた。その言葉を受けて、輝は自分の新しいアイデンティティとサッカーへの情熱が認められた嬉しさと安堵が込み上げてきた。失われつつあった輝の中での自信を取り戻した瞬間であった。しかし、そんな感動は次第に冷め、輝は宇都美への心配が勝っていくのだった。

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