春季大会県大会前編

 通院の翌日から、宇都美が学校に来る回数が明らかに減った。輝は当初、風邪を拗らせたのだろうと思っていたが、学校に宇都美がきても彼女の姿が見えない日が続くと、心配になり始めた。部活にも宇都美は顔を出さなかった。宇都美が学校にあまりこなくなってから1ヶ月が経ち、輝は彼女が自分から避けていることを痛感した。輝は宇都美の不在を心から心配していたが、彼女の短い返事からは具体的な悩みの内容を引き出すことができなかった。


輝のメッセージ:「宇都美、最近全然顔を見ないけど、何かあったら話してくれない?」


宇都美の返信:「ごめんね、輝。ちょっと忙しくて…。」


 輝は何度か宇都美の家を訪れようとしたが、彼女はいつも不在で、宇都美の母親からも『宇都美はちょっと体調が良くないの』としか聞けなかった。彼女の避ける態度と疎遠になる日々は、輝にとって深い寂しさと不安を醸成していた。


 しかし、輝はこの1ヶ月間は宇都美のことを気にしつつも、次第にもうすぐ始まる県大会のことしか考えられなくなっていた。



 輝が相貌失認症を抱えていることが、彼のサッカーに大きな影響を与えていた。かつてはチームメイトの表情や非言語的なサインを読むことで、ゲームをリードする彼の能力が際立っていた。しかし、病気のために顔を識別することが困難になり、彼は自分の強みを活かすことができなくなってしまった。この変化は輝にとって輝は自らのアイデンティティとサッカーへの情熱に疑問を持ち始めた。それによって彼は一時的に自信を失いかけていた。チームメンバーたちも輝の変化に気づき始めており、彼らの動揺はチーム全体の士気に影響を与えていた。


 彼はある日、チームのトレーナーとの会話中に、声のトーンや速度が感情を表す手がかりになることに気づいた。その発見から、輝は声のトーン、話し方、そして呼吸から感情を読み取るトレーニングを始めた。彼は監督と相談し、コーチングスタッフからのフィードバックを活用しながら、声に焦点を当てたコミュニケーションスキルを磨くことに注力した。



 輝はトレーナーの協力を得て、特定の声のトーンや言葉選びが持つ意味を学び始めた。トレーニングの一環として、彼は目隠しをしてチームメンバーの声だけを聞き、それぞれの発言から彼らの気持ちを推測する練習を行った。最初はチームメンバーから懐疑的な意見を浴びた。


佐々木「こんな練習になんの意味があるんですか!監督!!」


「みんなごめん。でも俺を信じてついてきてほしい。俺にもう一度チャンスをください。」


 輝はプライドを捨てて、みんなに頭を下げて何度もお願いをした。そんな中、田中が声を上げた。

「みんな、今は輝はレギュラーとして役不足かもしれない。でも輝はこれまで俺らを引っ張って勝利に導いてくれた!今度は俺らがアキラを信じてあげてもいいじゃないか、そうだろ?」


「そうだな。」

「ちょっとぐらいやってもいいか。」

田中に呼応するかのように他のチームメイトたちも肯定してくれる声がちらほらと聞こえた。


 そして3週間経つ頃には練習の成果を感じられるようにまでなった。

「この声は誰だと思う?そして、彼の感情は?」

トレーナーは録音の音声を再生した。これを聞いた輝は答えた。


「これは田中くんの声だ。速くて、少し高いから、彼はおそらく焦っているか緊張しているんだ。」


 輝は徐々に声によるコミュニケーションスキルを向上させていった。そんな中春季大会の県大会が始まろうとしていた。


 宇都美の長期にわたる不在がサッカー部の運営に大きな影響を与えていた。練習の準備が不十分になることが増え、試合の戦略会議も彼女がいつも用意していた資料が不足していた。宇都美は試合の戦術をデジタルボードに映して解説するのが得意で、その明確な指示がチームに安心感を与えていた。


 試合日の朝、通常は宇都美が準備するユニフォームや水筒が整然と並べられるはずが、今回はそれがなされていなかった。チームメンバーは自分たちで急いで準備を整えるが、明らかにいつもの試合前とは雰囲気が異なっていた。


田中:「やっぱり宇都美さんがいないと、何かとバタバタしてしまうね。」


佐々木:「本当に、彼女の存在がどれだけ大きかったか、今更ながら感じるよ…。」


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