第24話 茶会

「フロラン。例え宰相であろうとも王の私室に許可なく立ち入るとはどういうことだ?」


 ロイはフロランを睨み、先ほどの穏やかな声が嘘のように恫喝する。


「陛下。申し訳ありません。アルロー様がいらっしゃるとわかり、浮かれてしまいました」


 フロランは恫喝も物ともせず、悠々と言い返す。

 ユウタは口を挟みそうになったが、黙って見守ることにした。

 タリダス、ジニー、リカルドたちは王族同士の会話に口を挟むことができるわけがなく、頭を垂れたまま話を聞いていた。


「お前はいつもそうだ。言ってもしかたないことはわかっている。さて、客人を案内してくれ。フロランよ」

「畏まりました」


 諦めがちに溜息を吐き、ロイはフロランに命じた。

 そうして一行は、謁見の前に移動することになった。


 仕切り直しとばかり、型にはまった挨拶をしていると、前王妃のソレーヌが姿を現す。


「ずるいわ。私だけ除け者にするなんて」


 年齢は五十を超えているというのに、ソレーネの振る舞いは子供のようだった。ユウタはなつかしさと、なぜか少し憐れみのような感情をもってしまった。


「それは申し訳ありません」


 ロイは母の言葉に返すことはなかったが、大仰に返したのはフロランだった。


「ユータ。今日はずっと王宮にいなさいね。あなたにいろいろ着てほしい服があるの」

「それはいい。ユータ様。王宮にお泊りください。よい部屋を用意させましょう。タリダスもその護衛兵士も一緒にいかがかな?」

「母上、フロラン。ユータは屋敷の外に出たことがないと聞く。体もまだ完全に回復していないようだ。今日はこの辺で、タリダスの屋敷へ帰らせる」

「ロイ!」

「陛下」


 ソレーネもフロランも不満そうな声をあげたが、ロイは考えを曲げることはなかった。


「けれどお茶くらいいいしょ?」


 それでもソレーネがしつこく食い下がり、中庭でお茶を飲むことになった。


 お茶会に参加するのはユウタ、ロイ、ソレーネにフロランだ。ロイの妻である王妃は街の孤児院へ慰問に出かけており、不参加だった。

 タリダスとジニーは護衛としてユウタの背後に、リカルドはロイの、フロランの背後にはケイスが立つ。

 ユウタが自らの意識でケイスを見るのが今日は初めて。その姿を視界にいれるとアルローの思いが溢れてくる。そして彼の思い出が。感情の波に飲み込まれそうになり、ユウタは思わず後方のタリダスを探した。彼の姿を視界に入れると、アルローの思いの放流が止まり、ほっとした。動揺が顔に現れていたらしく、タリダスは心配そうにユウタを見つめていた。それに笑顔を返して、ユウタは再び前を見た。しかし再びアルローの感情に飲み込まれそうになるのが怖かったので、視線は伏せたままだ。


「やはりユータが疲れているようだ。茶会など次回にしてしまおう」

「ユータ。そうなの?」

「はい」


 ロイの気遣いに感謝しつつ、ユウタはソレーネの問いに返事した。


「まあ、しかたないわ」


 意外にもソレーネは食い下がることはせず、ロイに同意した。

 不満を覚えているのはフロランだけで、彼は一言も発することはなかった。


「次は是非、私が用意した服をきてちょうだいね」

「はい」


 ソレーネに答え、ロイの言葉を待ってその場から立ち上がろとしていると、フロランは口を開いた。


「次回はゆっくりお茶をしましょう。昔話でもしながら」


 フロランは作られた笑顔をユウタに向ける。


「そうですね」


 ユウタは微笑みを返して、その視線はフロランの首元、背後を見ないように注意する。

 昨日まで、ユウタはアルローの気持ちが記憶に振り回されることはなかった。しかし、今日はリカルドに会ったあたりから、アルローの記憶、感情がユウタを翻弄した。


「帰りはケイスに送らせましょう」

「宰相閣下。私の屋敷にもどるだけですので、見送りは無用です」


 フロランの親切な申し出は、タリダスの素早い返しで却下する。フロランはおかしそうに微笑み、ユウタの心にざわめきが広がった。


「フロラン。戯れはその辺にしろ。ユータ。タリダスとジニーを連れて戻るがい。リカルド。お前が案内しろ」

「陛下?」

「私は大丈夫だ」

「畏まりました」


 ロイに言われ、リカルドは不平不満という表情を押し殺し、返事をした。




「本日はお疲れ様でした」

「タリダス」


 無事にタリダスの屋敷に戻り、ユウタは部屋にいた。

 侍女長のマルサに湯あみの準備を頼んだ後、タリダスがすぐに部屋を出ていこうとしたので、ユウタは彼を引き止めた。


「大丈夫?」

「大丈夫とは?」

「もしかしてタリダスは僕に何か言いたことある?」


 リカルドが賊を真似て、馬車に乗り込んできてから、タリダスの態度が少しおかしい気がしていた。

 薄暗い秘密の通路では心配して手を握ってくれたことから、彼の優しさには変わりがない。しかし、タリダスの物憂げな表情が気になっていた。


「別になにもありません」

「本当?」


 ユウタはタリダスの表情からそれが嘘だとわかっていた。

 

「……ユータ様は、ユータ様なのですか?」

「え?」

「アルロー様がユータ様の振りをしているのではありませんか?」

「何言っているの?僕だよ」

「……失礼しました」


 タリダスは深々と頭を下げ、ユウタには彼の表情がわからなかった。


「タリダス。なんでそんなことを言うの?僕がアルロー様の記憶を見れるようになったから?アルロー様の感情に振り回されるから?」

「そうなのですか?」

「うん。前と違って、僕の中にアルロー様の記憶が流れ込んでくるんだ。だから、リカルドの顔をみてわかったし。ロイ、王様の顔を見て懐かしい気持ちになった」

「そう、そういうことですか」

「僕だってわからないんだ。急に流れてこんでくるから。あのケイスって人を見た時だって、アルロー様の感情が僕の中でいっぱいになる。だから、僕は、あの時、あなたを見たんだ。そうしないと、どうにかなりそうだったから」

「ユータ様」

「タリダス。僕から離れないで。僕は、僕でいたい。確かに僕はアルロー様の生まれ変わりだよ。だけど、僕は」

「ユータ様」

「タリダス?」


 頭二つ分ほど大きいタリダスがユータを守るように包み込んでいた。


「すみません。不安にさせてしまいました。私は常にあなたの傍にいます」

「えっと、あの、ごめんなさい。僕はそんなつもりでいったんじゃ」


 確かに傍にいてほしかった。

 しかし、彼が騎士団長であることも知っている。

 彼の傍にずっといられるわけがない。

 ユウタは慌ててそう言って、彼から離れようとした。

 しかし、タリダスはユウタをその胸に抱いたまま、離さなかった。


「騎士団長は返上します。私は、あなただけの騎士になります」

「タリダス。それは、ダメだよ。だめ!」


 嬉しい気持ちがユウタの心を満たす。

 けれどもすぐに理性が、王であったアルローの記憶がユウタを動かす。


「あなたはこの国には必要な人だ。騎士団長でいてください」

「けれども、私は」

「タリダス。お願いします」


 ユウタが強く言うと、タリダスは溜息を吐いて、腕も下した。


「ありがとう」

「けれども、私はあなたの騎士です。お忘れないように」

「分かっているから。ありがとう」


 


 

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