第23話 王ロイ

「ユータ様!」


 王宮の外門を視界に捉えたところで、馬車の速度が緩む。すると急に馬車が停まり、ユウタを守るように、タリダスとジニーが動いた。外に出ようとしたところで、覆面の男が車内に侵入する。

 緊張が一気に高まり、タリダスとジニーは車内で動きやすいように、小剣を構えた。


「ユータ様、黙って俺についてきてもらえますか?」


 入ってきた男は覆面を剥ぎ取る。

 短く刈り上げた黒髪に、茶色の瞳。

 ユウタはアルローの記憶から、その男が誰なのか推測した。


「リカルド?」


 思わず名を呼んでしまい、三人の男たちは驚いてユウタを見た。


「ロイの命令?」


 続けざまにそう問いかけ、男リカルドが頭を垂れる。タリダスは眉を顰めたが、ジニーはリカルドを睨んだままだ。


「アルロー様。どうか、陛下をお救いください」


 リカルドはユウタに懇願する。


「顔を上げてリカルド。ロイが私に会いたがっているなら、もちろん会う。それでいいよね。タリダス?ジニー?」

「……ユータ様がそれを望むのであれば、私は従うまでです」


 タリダスはまるでアルローに対するように答えた。

 ジニーに限ってはだまったままだ。


「ありがとう」


 タリダスの態度は、ユウタを寂しくさせてが、今はそのことを問う時間ではないことはわかっていた。リカルドは人目を忍んでこの場に現れた。目立つのは得策ではない。


「リカルド。ロイのところへ案内して」

「かしこまりました」


 首を垂れたまま、リカルドは答えた。

 彼の案内で、タリダスがユウタを車外へ誘導する。その後をジニーが追う。

 御者は気を失っているようで微動だにしない。

 その傍には別の覆面の男が立っていた。


「チャーリー!」


 思わずユウタはその御者の名を呼ぶ。


「ご安心ください。御者と馬車は責任をもって安全の場所へ運びます」

「本当だな?」


 ユウタが答えるより先に、タリダスはリカルドを睨む。


「俺を信じろ。タリダス。ジニー先輩も」


 タリダスは息を小さく吐き、ジニーはしかめっ面を隠さなかった。


 ☆


 リカルドに案内されたのは、古ぼけた教会。廃墟と言っても構わないほどの荒れた場所だった。


 ユウタは、その場所を知っていた。

 いや、アルローの記憶から知ることができた。

 それは王室へつながる隠し通路のある建物で、代々王だけが知っている道だった。アルローはもちろん知っていて、ロイにその道を教えたのもアルローだ。

 彼の記憶通り、壁の壁画に触れるとゆっくりと隠された扉が現れた。

 ユウタの行動を見て、リカルドは喜びに顔を輝かせる。

 反面、タリダスの眉間には皺が寄る。ジニーは我関せずと眼光を光らせたまま、表情を変えなかった。


「どうしたの?タリダス?」

「なんでもございません」

「そう?それならいいけど」

「アルロー様、時間がありません。お急ぎください」

「はい」


 リカルドに答えたのはユウタ一人。

 タリダスは答えない。


「タリダス。大丈夫?」

「大丈夫です。すみません」

「あまり無理しないでね」

「無理なんてとんでもありません。ユータ様、足元に気をつけて」

「うん、ありがとう」


 リカルドが前を歩き、その後をジニー。そしてユウタ。最後尾はタリダスと並び、狭い通路を歩いていく。

 アルロー自身、この道は確認するために一度だけ通ったことがあった。なのでユウタにとっては記憶で見たことのある道だった。しかし、実際彼が通ったわけではないので、不安は沸き起こる。細い一通路で、光はほどんどない。不安をごまかくすように歩いているとそっと手を掴まれた。


「タリダス?」

「私がついています」

「ありがとう」


 手から温もりが伝わり、ユウタの不安が安堵に変わる。

 そうして、目的地に到着するまでタリダスはユウタの手を握り続けた。


「到着しました」


 行き止まりまで来てリカルドがそう言うと、タリダスはユウタの手を離す。

 リカルドが通路の上を何度が叩くと、急に明るい光が差し込んだ。

 顔を見せたのは、現国王のロイだった。 


「父上……」


 今にでも泣きそうな顔でロイに見つめられ、ユウタの胸が痛む。

 何かを言わなければと思っているとリカルドが声を発した。


「まずはお三方をお部屋に案内しましょう」

「そうだな」


 リカルドにそう言われ、ロイは我に返る。

 そうして、四人はロイの私室へ入った。


「父上、いや、ユータ。よく来てくれた」


 ロイはハルグリアの現国王である。

 しかしユウタは異世界の者。そして前王アルローの生まれ変わり。なので、王の目前の椅子に腰かけることをいさめるものはいなかった。


「陛下。このような形で僕たちを呼んだのはなぜですか」


 ユウタはロイに静かに問いかける。

 そこに恐れる態度はなく、タリダスはユウタの変わりようにさらに驚いた。まるでアルローのような振る舞い。タリダスはアルローの意識がが出てきたのかと、彼を凝視する。


 するとその視線に気がついたユウタがタリダスへ目配せする。まるで大丈夫と問うような視線にはユウタらしさがある。それを見てタリダスは安心し、そんな自身に嫌気がさした。


「ユータ。私は、あなたにお話したいことがあります」


 ロイは口火を切る。

 その口調は明らかにアルローに話しかけているもので、ユウタは背筋を伸ばす。


「ユータ、いえ、父上。私は王にはふさわしくありません。どうか、私の代わりに王におなりください」

「何を言って!」


 驚愕したのはユウタだけではない。

 リカルドすら初耳だったらしく、表情が険しい。

 タリダスは目を伏せ、ジニーは無表情を保っている。


「私は、己の出生を知っております。だから、私は王にふさわしくないのです」

「ロイ。あなたは……」


 ユウタの顔が苦しげに歪む。対するロイは頭を抱えている。


「あなたには王としての素質があります。だからこそ、ハルグレアは平和で豊かだ」

「それは父上の教えを守っているからです」

「フロランの補佐も的確だろう?」

「はい。それはもちろん」


 ロイはフロランの名を聞くと一瞬眉をひそめたが、すぐに彼を認めるような発言を返す。


「父上。私は私が許せません。本来ならばあんなに早く逝くことはなかった。あの時、私が知っていれば」

「ロイ。その話はもうしなくていいから」


 ユウタはいつの間にかアルローとして話していた。それはアルローの意識が体を使ってるということではなく、ユウタ自身の言葉だった。


「私は王にはふさわしくありません。だから私は聖剣を抜くことができないのです」

「宰相閣下!今、陛下は来客中です。宰相閣下!」


 急に扉の外から言い争う声が聞こえたきた。

 そしてその騒ぎの元はすぐに部屋の中に入ってくる。


「陛下、私に内緒でアルロー様と会おうなんて、ひどいじゃないですか」

「フロラン」


 ロイは苦々しい表情をして、彼を呼ぶ。

 もっとロイと話をしたかったユウタだが、気持ちを切り替えた。そうでなければフロランに揶揄(からかわ)れるだけだった。

 フロランの存在を意識したタリダスは、ユウタのそばにぴったりとつき、ジニーはいつでも剣が抜けるように構えている。


「そんなに警戒されるのはさすがに傷つきますよ」


 フロランは一同を見渡した後、肩をすくめた。

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