第22話 前日

「いよいよ、明日だね」

「怖くありませんか?」

「怖いよ。でも、僕、頑張る」


 ケイスから渡されたフロランの手紙、それは王宮への招待状だった。

 念には念をいれてか、現王ロイの署名もされたその手紙は王命と同等の意味を持つ。

 アルローの生まれ変わりと主張し、前王の権限を使い断ることも可能だった。

 しかし、ユウタは王宮に騒ぎを持ち込むつもりはなかった。

 不満そうなタリダスを説得し、予定通り、明日、ユウタはジニーを護衛として、タリダスと共に王宮へ参る。


「やはりやめましょう」

「ううん。僕は王宮に行くよ」

「どうしてですか?」

「僕に害意がないことをわかってもらいたいんだ」

「そんな事わかってくれるわけが」

「うん。難しいだろうね。だけど、このままタリダスの屋敷にずっといるわけにもいかないだろう?」

「そんなことは。ユータ様は一生私の屋敷で暮らしてもらっても構いません。窮屈かもしれないですが」

「タリダス。僕はあなたに迷惑をかけたくないんだ。僕の問題は僕が解決しなきゃ」

「僕の、って。アルロー様の問題ですよね」

「タリダス。最近、おかしいよ。僕とアルロー様は同じだよ。僕の前世はアルロー様だ」

「ですが、あなたとアルロー様は違います」

「うん。だけど」

「私はあなたに行ってほしくない」

「だめだよ。タリダス。僕は逃げたくない」


 アルローは、過去の自身の過ちから逃げ続け、それが新たな問題を引き起こした。

 ユウタはこれ以上、タリダスに傷ついてほしくなかった。だから、自分が動いて少しでもタリダスの負担を減らしたかった。


「決意は固いのですね」

「うん。そのために頑張ってきたし」

「そうですね」


 ユウタは部屋から出て活発に人を話すようになった。おかげで、大人と一緒にいても怖くなくなった。アルローの記憶の影響かもしれない。しかし、ユウタにとっては大きな前進だった。


「では、明日。予定通り、王宮へお連れします」

「お願いします」

「ジニーを常に傍に置くようにしてくださいね」

「うん。わかってるよ」


 今はタリダスがそばにいるために、部屋に控えていないが、ジニーはユウタの護衛として常に傍に控えるようになっていた。

 はじめは大きな図体に鋭い眼光が気になっていたが、彼は気配を消すことにたけているらしく、ユウタが慣れるのは早かった。


「それにしても、この服は派手だよ」

「そうですか?」


 ユウタはベッドの上に置かれた正装を指さし、タリダスに抗議する。今更変更は利かないことはわかっているので、言ったところで無駄なことはわかっていた。しかし、ユウタは文句を言わずにはいられなかった。

 ジャケットの色は鮮やかな赤色。中のシャツは白色だが、襟がフリルで縁取られ、スカーフには細かな刺繍がされている。


「よく似合ってらっしゃいましたよ」

「そう?だけど、派手で、ちょっと恥ずかしいよ」

「なぜですか?とても綺麗ではないですか」

「綺麗?そういうのは女の人に対して使う言葉だよ」

「すみません」

「え?どうして謝るの?」

「あなたを女性だと思ったことはありません」

「あ、当たり前だろう。タリダスは変なことを言う。僕は気にしていないから。ほめられるのは嬉しいし」

「そうですか。よかった」


 タリダスは心底安心したように微笑む。

 それを見て、ユウタは笑ってしまった。


「どうしたんですか?」

「ううん。タリダスって結構いろいろ気にするんだね」

「そうですか?」

「うん、そうだよ。僕にそんなに気を使わなくていいからね。アルロー様のことで、気になるのはわかるけど」

「アルロー様は関係ありません」


 タリダスは少し語調を強めていい、ユウタはまだ彼がアルローに対して怒りを覚えていることを実感する。


「タリダス。アルロー様の誤りは僕の誤りでもある、本当にごめんなさい」

「そう思うなら、王宮に行くのをやめてもらえますか?」

「タリダス……」

「冗談です。申し訳ありません」

「タリダス。謝らないで。悪いのは僕だから」


 ユウタを頭を垂れたタリダスに顔を上げてほしくて、その肩に触れた。

 途端に体をびくっと揺らして、タリダスは顔を上げる。

 見開かれた藍色の瞳が光を帯びて、明るく見えた。 

 その瞳に映るのは驚いた顔をしたユウタだった。


「ごめんなさい」

「いえ、私こそ」


 その後、ユウタとタリダスはぎくしゃくした会話を繰り返し、別れた。



「楽しみだわ。明日やっとアルローが来るのね。ああ、ユータだったわね」

「アルロー様ですよ。ソレーネ様」

「ユータはアルローとは違うでしょう?」

「一緒ですよ」

「本当、フロラン。あなたはおかしい人ね」

「退屈しないでしょう?」

「ええ、そうね」


 ソレーネはフロランへ微笑みを返す。


「タリダスが紹介してくれた針子も面白い人だったわ。王宮がにぎやかになりそうね」

「ええ。とても賑やかになるでしょう」

「ロイを悲しませることだけはやめて頂戴ね」

「ええ。当然です」


 前王妃の苦言にフロランは即答する。

 しかし、その口元は笑みを讃えたままで、ソレーネは溜息をつく。


「あなたがしたいようにすればいいわ。だけど、ロイを巻き込むのはやめて。わかるでしょう?」

「わかっております。ソレーネ様」

「アルローのことになると、本当にあなたは嫌な人だわ」

「それは褒め言葉でしょうか?」

「そんなわけないでしょう?ロイを傷つけたら、どうなるかわかっているかしら?」

「それこそ、あなたこそ、どうなるかわかっているのですか?」

「……私の負けだわ。私はどうなってもいいわ。あなたの遊びにも付き合ってあげる。これまでと同じように。だけど、ロイだけはだめ。お願い」

「アルロー様は優しい方です。陛下を傷つけるようなことはしないでしょう」

「ええ。そうよ。アルローはね。あなたは、違うでしょう?」

「私だって、陛下を傷つけるようなことはしません」

「約束よ」

「ええ」


 ソレーネはフロランを睨みつけ、その返事を聞いた後、踵を返した。

 そして逃げるように宰相執務室を出ていく。


「陛下はすでに気が付いているのですよ。ソレーネ様。あなただけがそれを知らない」


 部屋に取り残されたフロランは、ソレーネが出ていった扉を眺めながら憐れむようにつぶやいた。


 

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