第21話 ユウタの変化


「タリダス。本当に大丈夫?あの、アルロー様が、僕が原因なんだけど、眠れないようなら、一緒にいようか?」


 ユウタは何を言っていいかわからず、考えた末、そう言葉にした。

 タリダスの顔色はよくなく、誰かがそばにいたほうがいいと考えた結果だった。


「大丈夫です。ユータ様。明日、ゆっくり話をしましょう。今日はもう遅いですから」

「あ、でも、」

「ご安心ください。私はもう大丈夫ですから」


 タリダスに微笑まれ、ユウタは言い募ることを諦める。


「それではお休みなさい。よい夢を」


 しかも部屋まで送ってもらい、勝手に押しかけたのにと、ユウタは本当に申し訳なくなった。

 けれども彼にどうすることもできず、彼の優しさに甘えて、ベッドに潜り込む。

 タリダスはそれを確認すると部屋を出て行った。


「もう絶対に子供だと思われている。仕方ないけど」


 ユウタは十四歳。少年であるが、世話を焼かれるだけの子供ではないと思っている。

 しかし、この世界に来てから、子供のように世話を焼かれていた。


「アルロー様には違ったのに。まあ、仕方ないよね」


 タリダスのアルローへの態度は、子供扱いのところは一つもない。世話を焼くのはあくまでも主人への態度だ。


「……王様扱いされたいわけじゃないし。いいか」


 アルローへの態度を取られたら、それはそれで困ってしまうとユウタは結論づけた。日本の家とは比べ物にならない心地よい寝具。アルローの意識の中で随分眠っていたはずなのに、眠気はすぐやってきた。

 ユウタは考えるのを放棄して、微睡に沈んだ。



「……私は」


 部屋に戻ったタリダスは、グラスに酒を注いで一気に飲んだ。

 そうして、目を閉じる。

 アルローではないユウタとの再会は、タリダスの心を喜びで満たした。

 眠れないなら、一緒にいようかと言われ、頷いてしまいそうな自身を慌てて止めた。


「ユータ様はアルロー様だ」


 ユウタはアルローの生まれ変わり。

 だからこそ、彼は異世界の扉を開け、彼をハルグレアに連れてきた。

 しかし、タリダスは自身がアルローの生まれ変わりなど関係なく、ユウタに好意を持っていることに気がついた。

 

「私は、あの男とは違う」

 

 ユウタは守るべき存在。子供なのだ。

 タリダスは自身にそう言い聞かせて、さらに酒を煽った。


 ☆


「おはよう。タリダス」

「おはようございます」


 タリダスと共にユウタの部屋で朝食を食べる。


「あの、タリダス。僕、訓練の時以外も部屋の外に出て、みんなと話そうと思っているんだ」

「え?」


 ユウタは王宮に行くことを想定し、人に慣れる練習もしようと考えた。それでタリダスに言ったのだが、彼の反応は驚きだった。


「あの、ほら。僕近々王宮に行かないといけないよね。それでたくさんの人に会うと思うんだ。僕に好意を持っていない人ばかりだと思うし、覚悟はできてるけど、僕自身人と話すことに慣れていないから、このお屋敷に練習しようかと思ったんだ」

「練習など、私だけで十分でしょう?あとマルサと、ジョンソンがいます」

「そ、そうだけど」

「旦那様。私からもお願いします。使用人たちはみんなユータ様と話したがっているのです。使用人は全員好意的です。なのでユータ様を傷つけたりすることは決してありません」

「マルサさん、あの僕、大丈夫ですよ?」


 以前のユウタなら人に会うのがとても怖かった。けれどもタリダスや、マルサ、ジョンソンに優しくされ、少し勇気が出てきた。その上、アルローの記憶を見て、彼はいろいろなことを知っている。なので、以前より強くなったとユウタは自負していた。


「ダメです。王宮でも私があなたをお守りします。ジニーもいますし。誰と話す必要もありません」

「タリダス」


 彼があまりにもユウタの提案に否定的で、しかも王宮で誰とも話す必要がないというあり得ない発言をしたので、ユウタは強めに彼の名を呼ぶ。 

 こう言うことができるのは彼がアルローの記憶があるからだ。

 記憶だけではなく、自身がアルローであったことをユウタは完全に受け入れていた。


「王宮にはフロランや、僕に敵意をもっている大臣がいる。だから、誰とも話さないなんてできないよ。あなたもわかっているだろう?」

「ユータ様」


 タリダスの表情は憂を帯びる。


「タリダス。僕はあなたに迷惑をかけたくないんだ。危険な目にも合わせたくない。だから、僕ができることしたいんだ」

「ユータ様」

「お願い。タリダス。僕には人と接する練習をする必要がある」

「……わかりました。使用人たちは皆身元もしっかりしており、私の仲間だったものもいます」

「仲間?」

「はい。鍛錬を担当しているジニーは退役騎士ですし、他にもいます」

「それは楽しみだね」

「楽しみ?」

「タリダスのことたくさん聞けるでしょう?」

「ユータ様」


 タリダスはそう言って黙ってしまい、ユウタは自身の発言が彼を不快にしたかと心配になった。


「おや、旦那様。これは、これは。ユータ様。旦那様は少し照れてらっしゃるだけで気にしないでください」


 それまで黙っていた執事のジョンソンが笑みを噛み殺しながら言う。


「余計なことはいうな」

「は、旦那様」

「て、照れてる?タリダスが?」

「ユータ様。私は王宮へ参る支度をします。部屋に出る時はジニーを連れてください。ジョンソン、ジニーを今日からユータ様の護衛にできるか?」

「はい」

「護衛?必要なないと思うけど」

「ジニーにも護衛の任務に慣れてもらおうと思ってます。王宮では、彼にあなたの護衛を任せるつもりですから」

「そうなんだ。うん。わかった。ありがとう。タリダス」

「お礼は無用です」


 タリダスは言葉少なげにそう答えると、ユウタに一礼して部屋を出ていった。その後を執事ジョンソンが追いかける。


「あの、僕。また変なこと言ったかな?」

「いいえ。全然、そんなことはありませんよ。旦那様のことは気にせず、ユウタ様も仕度しましょう」

「仕度?」

「ジニーとの訓練があるでしょう?」

「あ、そうだね」


 アルローではなく、ユウタがジニーを会うのは初めてだった。ジニーは眼光が鋭く、体躯が立派な男だった。

 ユウタは少し緊張しながら、支度をする。マルサが着替えを手伝うようになっていて、ユウタ自身、アルローに文句を言いたかった。

 アルローが王時代と同じく、着替えを他人任せにしていたのだ。今更変えることもできず、ユウタは羞恥心と戦いながら、支度を整えていく。

 

「まあ、この服も可愛い。ハリエットさんは本当に腕がいいですね」

「うん。そうだね」


 レースがさりげなく使われているシャツに明るい色のパンツ。

 可愛いデザインだけれども、ユウタにしてみれば女の子みたいで、かなり恥ずかしかった。



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