第4章 神永未羅の場合 第52節 城譲り

ルスヴン「わが主人に、かけてくださいました、この無上にしてたえなるお、終生、忘れませぬ。別室にちゃを用意しましたゆえ、しばしごきゅうけいください。」

エリザベート様「そうしたいのは山々だがな、ルスヴン。先を急ぐのじゃ。例の仁王様たちは、どこにる?」

ルスヴンのひたいにシワが寄った。

「聞いちゃいけない」系の質問だったのかな?


ルスヴン「るも何も、あの者らだけは、何があっても変わりませぬ。」

エリザベート様「まあ、そう言うな。曲げてたのむ。あの者らの所に連れて行ってくれ。」

ルスヴン「かしこまりました。いったん、このやかたを出てくださいませ。中庭にプレハブ小屋がございまする。」

プレハブ小屋?


思いのほか、でっかいプレハブ小屋に近づくと、ぼすっぼすっと、何かをたたくようなにぶい音が聞こえて来た。

中に入ると、案の定、ムキムキほそマッチョ男がサンドバッグを叩いてた。

なんか、こいつ、生卵いくつでも飲み干しそう。


ルスヴン「おい、ジルド、やめぬか。バートリはくしゃくのレディ・エリザベート様のおしであるぞ。ひかえよ!」

ノロノロと向き直って、ほそマッチョ男はひざまずいた。

義理でやってるのがミエミエ。感じ悪いなあ。


エリザベート様「ジルド、この非常時にサンドバッグとはな。その不動心はめてつかわす。おまえの弟は、どこにおるのじゃ。」

ジルド「レイはロードワークに出ておりまする。」

口の利き方くらいは知ってるようね、この筋肉バカ。


エリザベート様「知っておると思うが、この城に半ドラキュラどもは、もうらぬ。ダカナヴァルも先ほど旅立った。こころちがいするでないぞ。殺したのではない。あやつの希望に従い、クドラクたちの元へ送り出してやったのじゃ。半ドラキュラでもない、ただの人間である、おまえたち兄弟が、これ以上、義理立てすることもあるまい。ここを去れ。再就職の世話くらいはしてやる。」

ジルド「そうは行かねえんでさ、おじょうさま。ダカナヴァルさまはタニマチ。おかかえ力士にも義理ってモンがございやして。」

こいつ、早くも地を出したか。

エリザベート様「この城をゆずってはくれぬのか?」

ジルド「ようで。」

エリザベート様「そう来ると思うておった。マーキュリー! ザ・クラッシュを呼んで参れ。」

実は、ここまでの間、ザ・クラッシュはお城の外で待ってたの。

背中に「秘密兵器」とプリントされた、赤いケープを頭からスッポリかぶって。


ザ・クラッシュがやって来た。

ケープ一枚かぶっただけの演出だけど、私の耳にはザ・クラッシュのテーマ「ロンドン・コーリング」が鳴りひびいてた。エアー・パンクよ。

エリザベート様がかれたら、何とおっしゃるかしら。

エリザベート様の大キライなアメリカじゃなく、ブリティッシュ・ロックなんですけど。

ここまで、ずっとだまっていたニーナも、ヒザがおどってる。アゴでひょうを取ってる。


ザ・クラッシュは、ジルドの手が届くギリギリくらいまで近寄ると、ケープをがばぁっと投げ捨てた。

緑色のぼうちょうした体。

顔はちゃんとペイントされてる。

きばと血ノリを強調したドラキュラ・メイクに、舌をベロリとき出して。

ははぁん。KISSネタだな。


ジルド「プロレスとは面白い。お嬢さん、ただものじゃねえな。手加減はしなくていいんですね? エリザベート様。」

エリザベート様「ああ、どっちかがこわれるまでやれ。」

ジルド「分かりました。お嬢さん、リングでやるかい?」

ザ・クラッシュ「いや、『かみつき、目つぶし、きんてき以外、何でもアリ』でやろう。あと、お嬢さんと呼ぶな。ザ・クラッシュって言うリング・ネームがあるんだ。分かったか、ジルド大先生。」

ジルド「先生はやめてくれ。」

言うが早いか、ジルドがパンチを放った。

アウトリーチじゃなく、パッとんでる。こいつ、足回りが強い!


ザ・クラッシュはかわした。いや、背中を向けてげた。

ジルドが追い付く前に、ザ・クラッシュのパンチがガラス窓に放り込まれた。

そしてガシャガシャになったガラスの破片を、ゆかにぶちまけた。

さすがのジルドも手が止まった。

ジルド「何しやがる。物を大切にしろよ。」

ギャグの積もりじゃないんでしょうけど、思わず笑っちゃった。


ザ・クラッシュ「まあ、楽しもうよ。第一ラウンドはガマン比べでどう?」

ジルド「いいだろう。そいつを踏んで歩いて、どっちかがを上げるまでの勝負なんだな?」

うわぁ、見てる方がイタいんだよ、このネタ。


半歩ずつ、ジリジリ前進する二人。

ザ・クラッシュはすずしい顔してるけど、ジルドの顔にチラリと「痛いっ」と言う表情がかんだ。

エリザベート様「そこまでっ!」

エリザベート様が止めた。

ジルド「まだ負けてねえ‥‥。」

エリザベート様「タワケを申すな。これ以上、足の裏に傷を負わせては、次の勝負が興ざめだわ。マーキュリー、手当してやれ。」

ジルド「要らねえよ。血だって、五分ありゃ止まる。」

ジルドは自分の足裏をタオルでバッバッとはらい、消毒用アルコールをぶっかけた。

まるでビーストだな。

私は好みじゃないよ、こういうタイプ。


第一ラウンドはザ・クラッシュのTKO(テクニカル・ノックアウト)。


第二ラウンドはリングに上がってのレスリング勝負。

いや、レスリングじゃないな、これは。


ジルドがけて来たのは、関節技のあるじゅうどう

いや、サンボって言うのか、コレ。

レスリングとサンボじゃ「文法」がちがうから、どっちも、やりにくそうだ。

日本語とロシア語で会話してるカンジ?


先に仕掛けたジルドの方がイラッとして手口を変えた。

こしを落としてダンスを始めたの。

さすがのザ・クラッシュも、キョトンとして動きが止まった。

ジルド、片手をゆかについて、でんぐり返り。

そして飛んできた、かかとりが!

カポエラって言うの? コレ。初めて見たよ。

ザ・クラッシュは、きわどい所でかわした。

ニーナ、なにびょうしてんのよ。アンタ、どっちの味方?

とにかく、動きが早い。そしてリズミカル。

ジルドに手が四本、足が四本あるカンジ。

ザ・クラッシュ、なんかされてる。


ジルド、ゆうの表情で、またワザを切りえた。

くるくる回転するキックボクシング?

いや、テコンドーって言うのか、これ。かずの多い男だなあ。

ガードの上からだけど、ザ・クラッシュはボコボコにされてる。

まさかと思うけど、心で負けたらオシマイだよー。


ニーナ「ナニやってんだぁ、気合い入れろよ!」

横を向いたら、ニーナが両手でバンバンとリングを叩いている。

私も、あわてて加わった。もちろん未羅みらも。


ザ・クラッシュの気持ちがうわいたのが、ハタからでも分かった。

ザ・クラッシュにはセンコドが付いてる。ジルドには無い。

この差、とっても大きいと、後で分かった。


ついに、ザ・クラッシュがつかまえた!

ただし、ジルドの右手・指先だけ。

手首固め(リストロック)が決まらなかったんだ。

このワザはコワい。

スンナリ決まらなかったとなると、その後は、水みたいに形が変わる。

どうにでもアレンジ出来る。

オセロみたいにいっしゅんこうしゅが代わっちゃう。

こっちが相手を、つかまえたと言うことは、こっちも相手に、つかまえられたと言うことだよ。


最初、二人はチョコマカと手先で遊んでたけど、すぐ「関節と関節のもう」みたいになった。

結局、「力の強い者が勝つ」だけの勝負、力比べになっちゃった。

緑色のザ・クラッシュが、あかおにみたいな顔色になった。

そして「ポキッ」と、どこかの骨が折れる音がした。

「うわっ」と、うなったジルドを、ザ・クラッシュが放り投げた。ジルドはアッサリ降参した。


見たか、思い知ったか、これがプロレスの神だ。

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