第4章 神永未羅の場合 第51節 一人だけの四天王

私たちのキャンプから、ドラキュラの山城までは、さほど遠くなかった。


ちゅうほうされたトラップやトーチカが、たくさんあってゾッとした。

これは下からめ登れば一個中隊・二百人は要るな。

おおがたほうは、ここまで持って来れない。

もちろん戦車も無い。

武装ヘリも晴れた日だけと来れば、上からねらちされるのを防ぎようがない。

ちからしすれば、昔ながらの白兵戦になりかねない。

この分じゃ、トンネル・ごうも張りめぐらされてるだろうし。


マーキュリーは「そこに気をつけろ。そこもな」と言いながら、ひょいひょいとトラップをけて前に進んだ。

おかげで、本当にアッと言う間に、お城に着いてしまったの。


死角の無い五角形の城はからぼりで囲まれ、正面のだいもんにはね橋が設けられていた。

マーキュリーはおくする様子もなく跳ね橋をわたり、大声で城内に呼びかけた。

マーキュリー「バートリはくしゃくのレディ・エリザベート様のおしだ。かいもん! 開門!」


大門がギリギリと音を立てて、ゆっくり開いた。

全開になったところで、初老の男が一人、しずしずとやって来た。

キチッとした服装、シャンとびた背筋、そして自ずからなるげんから見て、この城のしつみたいだった。

マーキュリーの顔に、いっしゅんおどろきの色が走った。

マーキュリー「おまえか、ルスヴン。この重たい門を、おまえ一人で開けたのか? 言ってくれればわきもんに回ったのに。」


執事ルスヴンは、マーキュリーの方に目もくれず、エリザベート様に向かって、こう言った。

ルスヴン「ようこそ、ごらいくださいました、レディ・エリザベート様。りゃくながら、このルスヴンめがおむかえ役を務めまする。主人、すでにおくの間にひかえておりまする。」

エリザベート様も、ラバの上から、執事ルスヴンにあわれみの目を向けた。

エリザベート様「ルスヴン。みんな、おまえ一人にし付けてげたのか。おまえも、おまえじゃ。なぜ一人で背負いもうとする? サッサと城門のかぎを渡せ。じんな責任から解き放ってやる。」

城門の鍵を渡すのはこうふくの意思表示。鍵を渡された方は、相手をしんてきあつかう義務が生じるの。


ルスヴン「それは出来ませぬ。本日より私め、執事と門番をねておりまするゆえ。」

エリザベート様は大きく、ため息をつかれた。

エリザベート様「分かった。無理にとは言うまい。おまえの主人の元へないいたせ。」

ルスヴン「うけたまわりました。」

チリ一つ落ちてないろうは、ごうではあったけど、意外とそうしょくが少なかった。

美観よりも機能を重視した感じ? 国会議事堂みたいだ。

(行ったこと無いけど。)


廊下の中ほどで、ルスヴンがマホガニーの重そうなドアを開けた。

ルスヴン「ご主人さま、バートリはくしゃくのレディ・エリザベート様のお越しでございます。」

「ようこそ、いらっしゃいました」

と、書き物机の向こうから、だれかが立ち上がった。


部屋の中は、書類で足のみ場も無かった。

部屋の中央にある書き物机の上には、まるでごおりみたいに書類が積み上げてあった。

これはもう机じゃない。

ほんだなの前に積み上げた段ボール箱が、本棚本来の機能を殺してる。

ゆかじかに置いた書類の山は見苦しかった。

運気の下がりそうな部屋だなあ。


エリザベート様「ダカナヴァル、相も変わらず、ウンザリするようなごかつやくぶりじゃな。おまえは仕事に使われておるのか。仕事のれいなのか。」

エリザベート様の前にひざまずいているのは、フサフサとしたはくはつの、老いた男だった。

ズボンのヒザの所に折りジワが付いてる。

ずっと座り仕事なんだな、この人。

ダカナヴァル「ここは老いるばかりの、先の無い『上がり職場』。仕事の総量は年々、減っておりまするが、なぜか書類の量は減らぬのでございます。」

エリザベート様「今時、コピーもファクシミリも無いからじゃ。買え!」

ちなみに1980年に、オフコンを導入してる職場はメッタにありませんでした。

オフコン?オフィス・コンピュータのことよ。くわしくはウェブで。


ダカナヴァルは下を向いて、だまっちゃった。

そりゃ、そうだ。余計なお世話だもんね。

さすがにエリザベート様も話題を変えた。

エリザベート様「今日は茶飲み話をしに参ったのではない。単刀直入に言う。悪いようにはせぬから、この城を明けわたせ。」


「悪いようにしない」と言われて、悪いようにされなかったタメシがないんですけど、私。


エリザベート様「四天王の後の三人はどこにおる? おまえ一人だと、話が通りにくくて困る。」

ダカナヴァル「死にました。クドラクも、ヴリコラカスも、ストリゴイイも。」

エリザベート様「なに! どういうことじゃ? ドラキュラ本家からのつうたつ・命令書のタグイは、常に、すでに四名連記の署名入りだったではないか。」

ダカナヴァル「正直に申しまする。私がぞうしました。すべては戦後のドサクサから始まったこと。ご存じの通り、あの混乱を乗り切るには、力ある者の名でし切るしか無かったのでございます。」

エリザベート様「その後も引っみが付かず、今日まで参ったと言うことか。分かった。今さらとがめ立てしてもせんいことじゃ。それで、あの三人は、どこでうなったのじゃ。あやつらが、そう簡単にしょうめつするとは、今でも信じられぬが。」

ダカナヴァル「クドラクはミッドウェイの海戦で、ヴリコラカスはニューギニアの包囲戦で、ストリゴイイは沖縄の地上戦でさんしました。」

エリザベート様「クドラクは海のくずか。だが、ヴリコラカスがせぬ。米軍に補給線を断たれてごくおちいったと聞いてはおるが、ドラキュラならば、何とでもなったろうに。」

ダカナヴァル「ヴリコラカスは戦友を食べなかったのでございます。くまでも皇軍兵士として死にたかったので、ございましょう。」

エリザベート様「であるか。ならば、これ以上は聞くまい。ストリゴイイについて、何か聞いておるか?」

ダカナヴァル「あの不器用さとがんさゆえ、最後まで兵営生活に、むことが、出来なんだようでございます。皇軍自体がヨソ者である沖縄では、なおのこと、つらい思い、わびしい思いをしたものかと。」

エリザベート様「あわれなヤツよ。ルーマニアに生まれてルーマニア国民あつかいされず、日本で、ようやく皇軍兵士としてむかえられたと思うたら、最期は沖縄か。ダカナヴァル、おまえも従軍したのか?」

ダカナヴァル「はい。満州でりょとなり、シベリアに一年、留め置かれました。」

エリザベート様「一年とは早かったな。」

ダカナヴァル「赤軍どもにドラキュラと知れたため、目障りだったようでございます。バタバタたおれて行く戦友を見るに見かねて、百人ほどは半ドラキュラにしてしまいましたから。」

エリザベート様「そりゃ、無責任じゃな。その半ドラキュラども、どうなったのじゃ。」

ダカナヴァル「スターリンの死後まで生き延びた者らはソ連の市民権を取り、シルクロードやカフカスあたりでへいおんに暮らしておるようでございます。」

エリザベート様「赤い血を吸う半ドラキュラが、赤い国で本物のアカとなったか。シャレにもならぬな。おい! これはどういう積もりじゃ?」

書き物机の正面、天井近い所に、タスキがけの軍服を着た男の人の写真がけいしてあったの。高そうながくぶちに入れて、なんだか、ありがたそうに。

ダカナヴァル「お笑いください。私も皇軍兵士として死にたいのでございます。」

エリザベート様「死ぬって、おまえ‥‥。」

ダカナヴァル「はい。ちりとなって消えても、ドラキュラは死にませぬ。ならば、私が最後の墓守りとなりましょう。一人ぐらいは、そういう者がおっても、よかろうと存じまする。」

か。なつかしいな。この言葉を耳にするのって、何十年ぶりだろ。

エリザベート様「ならば、この山を降りよ。おまえ一人の居場所くらい、私が作ってやろうほどに。」

ダカナヴァル「そうは参りませぬ。人間どもとの、この最後の争い。そもそもの原因を作ったのは、この私なのでございます。」

エリザベート様「ははあ、読めたぞ。この部屋にコピーもファクシミリも無い理由が。テキストは売るほどあるがな。」

ダカナヴァル「お察しの通りでございます。改革派ドラキュラの旗を守って来た積もりが、今では、ただの保守反動。あるか無きかのとくけんに、しがみつくしかない存在に、なり下がっていたのでございます。」

未羅みら「ダカナヴァル、言い過ぎだよっ!」

なぜか未羅みらが口を出した。エリザベート様に「おまえは黙っておれ」と、目で告げられて、未羅みらは後ずさりした。貴人の前から退出する時は、後ずさりが正式なマナーなの。

この未羅みらの口出し、これ、ふくせんなのよね。


エリザベート様「手に負えぬな、ダカナヴァル。一体、どうして欲しい? もう、この城は終わりじゃぞ。外からえんぐんは来ぬ。こうけいしゃも見当たらないとあっては、もう意地の張りようもあるまい。」

ダカナヴァル「おおせの通りでございます。今さら、手向かいもいたしませぬ。もうつかれました。いっそ、ひと思いに楽にしてくださいませ。」

エリザベート様「一人でもを守ると、言ってはおらなんだか?」

ダカナヴァル「げんにも、若者の死は難破、老人の死は帰港と申します。あの世でびとを続けても、よかろうと存じまする。クドラク、ヴリコラカス、ストリゴイイに呼ばれているような気が致しまする。」


少し間を置いて、エリザベート様が口を開いた。

エリザベート様「分かった。しばし待て。マーキュリー! それとルスヴンもるか?」


私たちは地下の礼拝堂(?)に場を移した。

正装したダカナヴァルが、じっと目を閉じて、マホガニーのひつぎの中に横たわっていた。

エリザベート様「苦しませはせぬ。ゆっくりねむれ。」

そう言ってエリザベート様が、自分の首回りから外したのは、なんと、はったんじゅう(ルーマニア正教会で使う、こんな形「丰」した十字架)だった。

ドラキュラの胸に十字架ぁ? そんなのアリィ?


その十字架で、ダカナヴァルのひたいに軽くれると、固かった表情がゆるみ、ダカナヴァルはニッコリと笑った。そして、体が見る見る消滅して、ひとにぎりの砂になってしまった。

これがドラキュラ城・四天王、最後の一人の「戦後処理」だった。


マーキュリーはひざまずいたまま、どうだにしなかった。

ルスヴンだけが、ひと目も、はばからずに泣いてた。

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