第4章 神永未羅の場合 第42節 高貴なる者の義務

このどうくつ生活、必ずしもへいおんと言うワケでもなかったの。


一度、目出しぼうをかぶった青い衛兵たちが、音も立てずにしのび寄って来て、私たちをしようとしたことがあったけど、何かを見て、おびえるようにげて行った。

エリザベート様は、見るからにげんそうだった。

「ジャコバンどもめ。それでもドラキュラか。民主主義が、そんなに良いのか。」

その日のティータイム、エリザベート様はお茶にもおにも手を付けようとされなかった。


ニーナから、こんな話も聞いた。


ニーナ「今日のレコード・リクエスト、何だか分かる? バッハのマタイ受難曲よ。しかもエリザベート様、ポロポロ泣いてるの。」

私「そりゃ、リアクションに困ったでしょう。私やザ・クラッシュは、ただの『家具』だから、エリザベート様が泣こうが、わめこうが、お気楽に構えてられるけど。」

ニーナ「困ったどころじゃなかったよ。『だれか、私の話を聞いてくれ』モードだったもん。」

ここで私のこうしんが起動。思わず、心にも無いことを口にしてしまいました。


私「良かったら、もっとくわしく聞かせてもらえないかな。メンタルな問題では、私、人のお役に立てるかもだから。」

ニーナ「最初にね、手紙をポンと投げて来て、『まあ、これを見てくれ』よ。キリル文字に似てたけど、ロシア語じゃないような? 私の顔色を見て、エリザベート様、手紙はすぐ引っめたけど。」

なんだ、ニーナもしゃべりたくてウズウズしてたんだ。


私「もちろん、あなた、そこで終わりにしなかったわよね?」

ニーナ「もちろん! こんなチャンス、二度と無いもの。難しい話が多くて、分からない部分もあったけど、要は『ソ連は遠からずほうかいする』と言う話だったわね。」

私「それ、エリザベート様が泣く話?」

ニーナ「民族問題が火をくとエリザベート様はおっしゃるのよ。東ヨーロッパは、とにもかくにも民族国家群だから、まだいいけど、ソビエトが解体したら少数民族が行き場を失う。シルクロードのちょうせんじんはどうなる? シベリアのルーマニア人はどうなる? 移住したロシア人だって、あっちこっちに取り残される。ヘタすればこくせきしゃになるって、泣くのよ。『ヨーロッパ貴族は、またしても善良で勤勉で無力な民を見捨てるのか』って、ホント、この人はタイム・マシンに乗って現代にやって来た貴族様なんだなあって、改めて思った。」

私「話は分かったけど、泣くべきトコかなぁ? いや、泣いてどうする? こんな大きな問題、なるようにしかならないよ。」

ニーナ「私もそう言ったけどね、エリザベート様はソビエト解体の、もっと先を見てるの。ユーラシア大陸に境い目なんてない。いずれ第二のアッティラ、第二のチンギス・カンが現れる。そうでなければ、混乱を収拾出来ない。ヨーロッパは、たとえ生き延びたとしても、暗黒の中世に逆もどりだと。」

私「なぁんだ。結局はヨーロッパが大事なワケ?」

ニーナ「ヨーロッパはドラキュラが造ったとでも、思ってらっしゃるのじゃないかしら。だから教会でも共産党でもない、ユニテリアンだなんて、ちょっと思いつかないようなトコに目を付けたんだと思う。」


この時、私は「統治者気取り、支配階級気取りも、たいがいにしなよ」と思っただけで、エリザベート様のなみだの本当の理由を、考えてみようともしてなかった。

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