第4章 神永未羅の場合 第40節 悪魔を憐れむ歌

その夜、私たちの「女中部屋」で、未羅みらのボタンをつかんで、私は問いただした。


私「ねえねえ、未羅みら。気のせいかもしれないけどぉ、エリザベート様の言葉のハシバシに、なぁんかキリスト教のにおいがするんだけど。」

未羅みら「だったら、ナニ?」

未羅みらが顔を横に向け、バカにしたような目つきで私を見た。ああ、いつもの「指導者モード」だ。


私「キリスト教はキライだよ。最初に私たちを悲しみのどん底にき落として、それから、改めて救おうとするんだもの。それを愛だなんて。信じろだなんて。人生は、別に良い物でも悪い物でもないのに。」

未羅みらがフンと鼻を鳴らした。ドラキュラより、はるっかにタチがワルい、まっ黒な未羅みらが降臨したな。

未羅みらせんとうしょうじょ武子たけこちゃんに、『強い』と『キツい』はちがう。『弱い』と『けんきょ』はちがう。『使命感』と『思いみ』はちがうって言っても、分からんだろうねぇ。」


強くてキツいだけじゃ、ただの独りよがり。

弱さを強さに変えられるのが本当の強さ。

やりたいようにやるのが思い込み。

神仏の命じたルールに絶対服従するのが使命感だと言いたいんでしょ。

さすがは未羅みら。こっちのイタいトコを確実に突いてくるけど、負けないよ。

ここは何でもいいから言い返すべきトコだ。


私「どうせ私は99ひきの子羊だよ。親に誕生パーティーも開いてもらえないイイコちゃんですよっ!」

未羅みらいっしゅんだまった。そして話題を変えた。へへ。強気に出てみるモンだな。


未羅みら「あのねえ、ユニテリアンって、知ってる? エリザベート様は、ひねりの無い、ただのキリスト教徒じゃないよ。」

それくらい、知ってるよ。

こちとら、いのってナンボ、拝んでナンボの商売だよっ。


私「えらく物分かりのいい、なぁんちゃってキリスト教でしょ。『キリスト教が三位一体でなくたって、別にええじゃないか。拝む神さまが何さまでも、別にええじゃないか』とかって、スマートはスマートだけど、しが弱くてケンカする度胸も無い人たち。アメリカに多いって聞いたけど。」

未羅みら「うん。明治に入って日本が輸入したユニテリアン主義は、メイド・イン・USAだったからね。でも、アメリカやイギリスより先に、トランシルヴァニアにユニテリアンが居たって、知ってた?」

私「やたらと戦争に強くて、ドイツだんをシメた事もあるって言うアレ?」

未羅みらがロコツにバカにしたような目で私を見た。こいつぅ。


未羅みら「それはチェコのフス派。宗教と戦争をワン・セットでしか考えられないの?アンタの聖書には『やられたら、やり返せ』って書いてあるのかね。トランシルヴァニアのユニテリアンは、ヤーノシュ2世って言うこうしゃくさまに、ちゃんと公認されて、大事にされてたんだよ。」

私「だから?」

こっちもはんこうモードまるだし。


未羅みら「ヤーノシュ2世には子どもがなくてね。その死後、トランシルヴァニアこういだのがだれだと思う?ステファン・バートリって言うんだよ。エリザベート様のさん。」

私「えっ! そこで、話がつながるの? もしかしてエリザベート様、キリスト教徒になっちゃったの?!」

これには本気でたまげたけど、未羅みらめが「フンフン」と得意げな顔をしたのが、気に食わない。未羅みらの口元がゆるんでる。ニヤニヤと。

ホンット感じ悪いね、この女。


未羅みら「うーん。そこがみょうでねえ。ユニテリアンって『理性でとらえられない物は、気にしなくていい』って言う考えだから。いわば神秘的でないキリスト教。」

私「なに、それぇ? 『不合理ゆえにわれ信ず』って言ったら、アホ呼ばわりされちゃうワケ? そんなの、サタンの方がマシだよ。だって、私たちいのり屋・拝み屋が、みんな失業しちゃうじゃない。」

未羅みら「うん。まあ、これがエリザベート様の、最大の罪作りなんだよね。ドラキュラ・コミュニティからすれば、キリスト教にハマッたドラキュラは追放すればいい。ざんでもじゅんきょうでも、勝手にすればいい。ゆいぶつろんしゃのドラキュラは、どうでもいい。社会党に行こうが、共産党に行こうが、人間どもの世直しの片棒かつぐだなんて、ドラキュラの目には、ただのヒマつぶしとしか映らないもん。

でも、エリザベート様ともあろうお方が、なんで、よりにもよってユニテリアンなんだって。なんでもアリとは聞いてるけど、ユニテリアン主義の中にドラキュラの居場所はあるのかって。」

未羅みらが、ちょっと悲しそうな顔をした。

なるほど、ドラキュラ・コミュニティでは「どうでもいい」組だったのか。

「ちょっと、かわいそう」?

いや、そんなに、かわいそうじゃないな。


私「それでエリザベート様、めにっちゃったの?」

未羅みら「いや、それほどヤワじゃないよ。だってエリザベート様には、ハンガリー・ユニテリアン教会って言うたいが、今でもあるもの。トランシルヴァニアはイスラム教トルコの属国だったから、キリストきょうけんなら真っ先にツブされるはずのユニテリアンが生き残れたのよ。辺境って、そういうものでしょ? すいでんとかさあ。」

私「ちょっと待ってよ。これ、ドラキュラ・コミュニティの話じゃなかったの? 人間のユニテリアンは関係ないでしょう。」

未羅みら「そこがエリザベート様のコワいトコでね。半ドラキュラでもない人間たちが、エリザベートさまをかくにした地下ネットワークを作ってたってワケ。東西ヨーロッパの間に、ソ連が『鉄のカーテン』を築いてからは、どこからともなくナゾの『とく』が現れて、おかげで工作資金には不自由しなかったとも聞いてるし。」

私「そうやって、ず~っと、ダブル・ゲームやって生きて来たワケね、エリザベート様は。もう、ナマグサイなあ。お次に登場するのはBND(ベーエヌデー)のラインハルト・ゲーレン? それともCIAのアレン・ダレス?」

ゲーレンもダレスも、くわしくはWebで。ダレスは二人いるよ。アレンは弟の方だよ。


未羅みら「あのねえ、エリザベート様は、たかが反共主義で、くくれるタマじゃないよ。ラヴレンチー・ベリヤとか、周恩来とか、エンリコ・ベルリンゲルとか、みょうな人たちとも、お付き合いがあったみたいでねえ。」

私「ベルリンゲル? ああ、そうか。おんなじ貴族だから、」

未羅みら「そういうこと。はんヨーロッパ運動でも、フリーメイソンでも、共産党でも、エリザベート様の持ち札は、ユニテリアン以外に、いっぱいあるワケ。そこは貴族つながりで。ダテに長生きしてきたワケじゃないのよ。」

私「だから、ハリウッド映画や、エルビス・プレスリーを毛ギライするんだ。」

未羅みら「そう。アメリカ流の反共自由主義をし付けられるのが、ジンマシンが出るほどイヤだったみたい。『メキシコ銀貨に飲みまれないヨーロッパ』、『しゅうしゅを物ともしない貴族精神』が、エリザベート様のプライドと言えばプライドだからね。マーシャル・プラン(アメリカのふっこうえんじょきん)でヨーロッパ貴族のたましいかれるくらいなら、NKVD(エヌカーヴェーデー)のベリヤの方がマシだと考えるワケ。」

私「反共主義がキライだからベリヤって、ちょっと安直すぎない? ソビエトは、こうていへいも貴族もみなごろしにした、人民権力の国じゃない。」

未羅みら「人民民主主義なんて、カンバンだけだ。ソビエトの実態は専制政治だ。イワンらいていだ。エリザベート様、ふたこと目には、そう口にしていらしたわよ。」

私「ああ、そうか。貴族の私がイワン雷帝とつるんで、どこが悪いと?」

未羅みら「その通り。ちゅうハンパに議会ドゥーマなんか作って、民衆にじょうしたからロマノフ朝ロシアはダメになったんだ。そうも、おっしゃってたわねぇ。さすが貴族さま。目のつけ所がシモジモの者たちとは全然ちがうわよ。」

私「まるでローリング・ストーンズの『あくあわれれむ歌』だね。でも、なんで、そんな人がニッポンにいるの?」

未羅みらだれまれたんだか、オリエンタリズムにハマッたんだそうで。」

私「だからぁ、なんでニッポン?」

未羅みら「暑い所はイヤだったんだって。」

私「中国やかんこくじゃダメなの?」

未羅みら「あんまり、ちがいは分かってないみたいよ。」

私「やれやれ、ドラキュラで、スパイ・マスターで、おまけに、ヘンな外人か。ねえ、どうやってこうりゃくすればいいの?こんな人。」


なんだかバカバカしくなって、そのままた。

エリザベート様にはんこうしてやろうと言う気持ちだけは、けむりのように消えてた。

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