第4章 神永未羅の場合 第38節 物を言う家具

それから数日後、気がついたら、私たちはみんな、エリザベート様のメイドになってた。

もちろん、エリザベート様に言われたワケじゃない。

気がついたら、そうなってたの。


私たちの「せんぱい」メイドは十人くらいいた。

みんな青白い顔して、やせ細って、仕事が無い時はハアハア言いながら、ゆかにへたりんでる半ドラキュラたちだった。

こいつら、私たちに仕事の手順を一通り教えると、全員バックレちゃった。

着る物全部、地面に投げ捨てて。

そのメイド服を、なぜか私たちが着てる。

これも、エリザベート様に「そうしろ」と言われたワケじゃないのよ。

この間、例の「かげしつ」は、なんにも言って来なかった。


エリザベート様は何も言わない。

いや、私たちの方なんか見てもいない。

一日のほとんどを、重たそうな洋書を読んで過ごしてる。(ラテン語の古書なんだと、後で分かった。)

あんらくに座って、ルーベンスの複製画を、一日中、見つめていたこともあった。(複製じゃなかったと、後で知った。)


電球みたいな真空管を実装した、古いステレオ・セットがあって、バロック音楽をくのもお好きだった。

ようばんレコードの「だれだれ指揮の、だれだれ作曲の、ナニナニを持って来い」と言われて、パッと対応出来るのはニーナだけだった。

それもあって、エリザベート様はニーナを気に入られたらしい。

名前で呼んでもらえるのは(未羅みらを除けば)ニーナだけだった。


私なんて「オイ、そこの」よ。

私の名前は、オイ野そこ子じゃありませんっ!


ただ、ニーナが油断して、エリザベート様のおんまえで鼻歌を歌った時だけは、火がついたようにげきされた。

鼻歌はともかく、曲目が良くなかったのよ。

エルビス・プレスリーの「ハウンド・ドッグ」。

しかもこしまでって。


そもそもエリザベート様、ベートーヴェンより後の音楽家は「ブルジョアのタイコ持ちども」とさげすんで、見向きもしないお方だもの。

それを、よりにもよってプレスリーだなんて、はしたない。


ただエリザベート様は、私たちのことを、こき使うだけじゃなかった。

下の者の気持ちも考えてはおられるようだった。

毎日、午後四時を回ったあたりで、私たち全員を呼びつけて、「今、何時だ? 何をやっておるのじゃ?」と、ご下問になられる。

「洗い物です。五時ちょっと過ぎには終わります」とほうとうすると、「もう、やめろ。続きは明日で良い」と、じょうをかけてくださる。

(たまに忘れて、ほっとかれることもあるけど。)


料理は、いつもお一人では食べきれない量だった。

おかげで私たち、毎食、おいしい残飯にありつくことが出来たのでございます。


ただし、料理の材料と質、そしてお茶の時間にはようしゃしなかった。

ある日のティータイムで、時間がして、ちょっと気合いがけた物を出しちゃったことがあったの。

あの時は、ひどい目にあった。

エリザベート様、それから一週間、ハンガー・ストライキよ。


おかげさまで私たち、すれすれの支給品しか口に出来なかったのでございます。

キホン、「腹ペコがイヤなら働け」システムなワケ。どっかの国の強制収容所かっ!


結論から言うと、私たち、大事にしてはもらえたけど、それは「大事な道具」だったから。

ああ、労働組合、作りたい。

♪進めぇ、進めぇ、団結固く。民族独立行動隊っ、前へ前へ進め♪

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