第4章 神永未羅の場合 第33節 長い話は覚悟して聞け

その夜の反省会で、未羅みらは長い長い話をした。

質疑応答の内容もふくめて、要点だけ、まとめておくよ。


まず未羅みらは、以下のように前置きした。


「私の情報源は東方ドラキュラ内の、ほんの数人にかたよってる。ただし、聞いた話そのまんまじゃなく、全部、私の目で調べ直した。だって、織田信長の話とチェーザレ・ボルジアの話が混ざったりしてるんだもの。確かに、あの二人、時期は近いし、キャラもカブッてるけどね。

だから、これからする話は、いやらしいほど『西せいおうドラキュラ中心史観』なの。その辺は割り引いて聞いてよね。」


と言うことで、「おはなし 西欧ドラキュラのあけぼの」はじまり、はじまり!


ドラキュラの起源は、今日ではきとめようがない。

「アダムとイヴが楽園を追放された時、ドラキュラは、すでにその場にいた」と言う伝説もある。

ハッキリしているのは、ドラキュラはいっかんして、人類の知性や技能の担い手だったと言うこと。

今日、オリンピック・アスリートや世界的ミュージシャンが「特別な力量の持ち主」あるいは「セレブ」として尊重されているのと同様、ドラキュラが守り伝えて来た知性や技能は、一種のちょうのうりょくだったの。


不老不死であることは自然に受け入れられていた。

古代の予言者やせんにんなどに「300年生きた」だの「空を飛んだ」だのと言ったあやしい伝説が、まとわりつくのは、ドラキュラの不老不死のうわさヒレが付いて広まった結果なんだって。

すると、もしや、あのお方も・・・。


そんなドラキュラといえど、つうの町や村で普通に暮らしていれば、どうしても人間との格差がきわつ。さつも起きる。ヘタをすればじょりにう。

そのため、身元のしっかりしたドラキュラたちは、たいていは権力者か、宗教的けんの保護下で生きて来た。

知性が知性として、ちゃんと尊重される空間では、必ずと言っていいほどかんようほうせつの気風が生じる。そこでは不老不死も「ちょっとしたキャラのちがい」に、すぎなかったのよ。


じょうきょうが大きく変わったのは、近世末期、西欧にけいもう思想が登場して以降。

「知性は決してとくしゅのうではない。ましてやちょうのうりょくでは。しんちょうさとにんたいさえあれば、万人が知性をかくとく出来る。知性は万人に開かれた物である」と言う思想が、啓蒙の光の届く所と、それが届かないやみを生み出してしまったの。


かげがあるのは、なたがあるから。

光を当てたために、視界からかくされる物もある。

くもりの日の方が、すべての物は、あるがままに見えるでしょ。


現に、フランスで啓蒙思想が流行はやり始めるのと、ほぼ同時進行で、「東ヨーロッパのへきにドラキュラあらわる!」と言ったトンデモ話が、もてはやされるようになったの。

マジメな顔してドラキュラ説のしんを検証しようとする、おぼうさんや学者まで現れた。

要は人間社会の「内部」にあったドラキュラが、「外部」に追いやられただけの話だったのよ。


啓蒙思想のしょうげきを受けて、ドラキュラ一族の中にも見解の対立が起きたんだって。


「人間社会へのしんとう=人間との一体化=純血性の解消」を主張する「改革派」と、くまでも「やみの領域=ドラキュラ独自の野生の思考」にとどまりたい「しゅきゅう」とが、非和解的な対立かっとうを起こしたんだって。


啓蒙の世紀以降にひんぱつし、記録にとどめられるようになった「ヴァンパイア・ウォーズ」なる物は、実はドラキュラ同士の内ゲバだったの。

世間的には「ヴァンパイア・ハンター」で通っているヴァン・ヘルシングの背後には、ドラキュラ「改革派」の後ろだてがあったと言うから、あきれた話よね。


未羅みら「結局、私たちは近代合理主義の副産物なのよ。」

私「どこが合理的?」

未羅みら「10個のおまんじゅうを3人で山分けしたら、一人いくつになる?」

私「しょうすうがいねん、分数概念、使っていい?」

未羅みら「自然数以外は使っちゃダメ。」

私「じゃあ、一つ余るね。」

未羅みら「その余りが、私たちなのよ。」

私「ああ、そうか。余り一つは、王様や教会がし上げてたのね、ドラキュラごと。その受け皿が、なくなっちゃったと。」

未羅みら「その通り。はみ出た一つ、切り捨てられた一つは、世界中どこにでもある。そこが私たちの居場所なわけ。つまり近代合理主義が仕切ってる場所なら、世界中どこにでも、私たちの仲間はいるのよ。」


そうか、分かった。

私たちが、全人類を何回でもみなごろしに出来る兵器を、何が何でも欲しがったり、

ばくするまで木を切ったり、

国富が増えるほど貧困層が増えたりするのは、

「はみ出た一つ」を切り捨てたせいだったのね。


ドラキュラを追放して頭が良くなった分、

人間はふんべつ足らずのらず、

「計算問題は得意だけど、総身に知恵が回らない子ども」みたいになったと。


なるほど、近代合理主義の副産物ではある。

そう言えば未羅みら、以前も「近代や理性は一種の宗教だ」なんて、言ってたなあ。


ザ・クラッシュ「未羅みらセンセエ、質問があります。このゾンビ山が聖地とか聖水とか言う話は、どこへ行っちゃったんでしょうか?」

未羅みら「いい質問ですね。実は、これから先、話がワヤワヤになるの。『西欧ドラキュラ中心史観』のぜんせいまんせい・インチキくささが、ここでバクロされるのよ。」

未羅みら、急に顔が生き生きしてきたなあ。


未羅みら「この国をマイホーム・ランドに選んだ東方ドラキュラの主流派は、西欧から来た『改革派』なんだけど、難民組も、けっこういるのよ。」

難民組?


未羅みらめいしんの前後は、日本以外の国も多事多難だったじゃない。たとえば、アメリカ南北戦争(ぶんきゅう元年~けいおう元年)で行き場をなくしたドラキュラたち。南部同盟系のドラキュラたちは、西欧を一足先に見限って、地主資本家になり上がった人たちだったから、その西欧にみとどまった『改革派』とははだが合わなくてね。特にイギリス系ドラキュラからの反感が、ものすごかったんだって。『あいつらはサッパリ聞き取れない、英語みたいな言葉を話す連中だ』って。そんなこんなで、合衆国ドラキュラは●●●●●●呼ばわりされてたのよ。」

私「ちょっと、ちょっと!そう言う政治的に不適切な表現は、せ字にさせてもらうよ。」

未羅みら「いや、本当のインディアンも、南北戦争の前から日本にいたんだって。インド大反乱(別名;セポイの乱。あんせい4年~安政6年)の時のインド・ドラキュラ難民が。」

ザ・クラッシュ「西欧中心と言うワリには、けっこう太っぱらに難民を受け入れてるね。」

未羅みら「全世界のドラキュラよ、団結せよ!と、ビッグ・マウスたたいたおかげで、みがつかなくなったのよ。」

ザ・クラッシュ「ああインターナショナルかい。これで東方ドラキュラは、西欧派、インド派、アメリカ派の三つどもえになったワケ?」

未羅みら「いやいや、その後も、あっちこっちから受け入れてるの。アルメニア系、ロシア系、パレスチナ系、そしてチベット系のドラキュラたち。どれも、大した人数じゃないんだけどね。まあ、住んでる国の主人が変わっちゃうと、少数派は居たたまれなくなるからねえ。どこの国でも。」

へぇ。けっこう多文化共生だったんだ、ドラキュラ・コミュニティって。


ザ・クラッシュ「リクツはともかく、やったことはミニミニていこくしゅじゃん。自分たちだけの、ちっちゃな植民地が欲しかっただけなんじゃないの?」

未羅みら「あら、失礼ね。私たち、日本人をガン・シップでおどしたりしなかったわよ。まあ、やりたくても出来なかったけど。」

ザ・クラッシュ「ハハーン。見えて来たよ。聖地とか聖水とか言う話のウラ側が。多数派・少数派のドラキュラたちが、サラダ・ボウルみたいに混ぜこぜ・ワヤワヤになってる内に、出て来たんでしょう?『オレたちこそ、エデンの園以来の、真の聖地の守護者だ』と言い始めたドラキュラたちが。」

未羅みらするどいね、ザ・クラッシュ。100点満点だよ。このしょう『守護者』の、みなさんは『この土地はオレの物だ。神がオレにくれたんだ。ここから出て行け』の一点張りで、立場のちがう者へのかんようと言う物を知らない。だから、トラブルばっか起こすのよ。これに対してゾンビのみなさんは、その聖地を守護者から守ってると言うワケ。守護者の方だって、だれかがしんりゃくしてくれなきゃ、守りようがないんだから、おたがい持ちつ持たれつ。助けられたり助けたりの関係よね。」


ずっとだまって聞いてたニーナが、イライラした表情をかくそうともせず、口を開いた。かなり頭に来てるな。

ニーナ「聖地と言ったって、通りけるのもイヤな、岩ばっかのゾンビ山じゃん。聖地守護と言ったって、早い話が、仲間外れにされてる者同士で、勝手に殺し合ってろと言うだけじゃん。」


未羅みらが、また表情を変えた。いつもの、人を見下したようなイヤな女の顔だ。

未羅みら「これでも時間をかけて、じっくりと、お話し合いした末のきょうてんなのよ。かんようほうせつほうの方程式は無いわ。当事者同士がハラを割って、しんに話し合う積もりでも、その場その時のじょうきょうが、それを許さないこともあるからね。そんなぐうぜんと必然がからまり合った末、どうにかこうにか着地した結果が、これなのよ。ニーナ。感情的になるのも分かるけど、無いものねだりしたって、なんにも出て来やしない。それを理解した時、人は初めてオトナになるんだよ。」

その言葉、そのままそっくり、アンタに返して上げたいよ、未羅みら


それはさておき、私も、やっと自分のやるべきことが分かった。

私は口を開いた。

私「この件、もう一度、私に任せてもらえないかな?ちょっと手間はかかるけど。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る