第4章 神永未羅の場合 第31節 タイタン族の女

神宿りのザ・クラッシュのために、晴れ着を用意してやろうと言う話になった。

せんとうモードに入れば、かのじょの体は130%から150%にはぼうちょうする。

つうの服ではビリビリにけてしまうからよ。


しんしゅくざいの服はあった。

いや、彼女が持ってた。

プロレスのコスチュームを、こんなとこまで持って来てたの。

「私が死んだら、コスといっしょにめるなり、焼くなりして欲しかったから」ですって。

革素材のコスじゃなく、び縮みするニット系の素材だったのはラッキーだった。

ポロリ防止用のヒモは、変身のジャマになるから外した。


シーツを一つツブして、マント「らしき」物も作った。

戦闘時は全身のこうするから、ブーツは必要ないんだって。

本当はチャンピオン・ベルトも作って上げたかったけど、みすぼらしいのは、かえって失礼になるので、あきらめた。


おんきょうもライティングも、機材らしき物は一つもなかったけど、出来るだけの入場演出は、して上げたかった。

未羅みら、ニーナ、私の三人で、アイディアを出し合った。


やがて準備は整った。

決行の日取りはえて選ばなかった。

「メンタルとフィジカルをピークに持って来れた日こそ、私のきちじつ」と、ザ・クラッシュが力説したからだ。

の私が言うのもナンだけど、みょうなジンクスにとらわれるより、意志の勝利を信じた方が、はるかに建設的・生産的だと思う。


その朝、まず未羅みら、ニーナ、私の三人が、コンクリ構造物の屋上に整列した。

シーツをツブして作った白いケープ(コーラス団が着る、てるてるぼうみたいな服ね)を身にまとって。


そして、ザ・クラッシュの「ロンドン・コーリング」をコーラスした。

いや、シャウトした。


ドラムはポリタンク。

一人一つずつ、で連打した。

この曲のドラミングは、裏打ちとかテクニカルなことは考えなくていい。

ひたすらシンプルに、ずっとよんびょうでパワフルにたたけばいい。

ここまで言えば分かると思うけど、プロレスのセコンドがヘタッて来た選手にカツを入れるため、両手でリングをバンバン叩く。

あれと同じテンポなのよ。


歌唱指導はニーナだった。

さすがに未羅みらは、この曲を知らなかったけど、私はニーナの下宿で何度か「予習」してたから、未羅みらのサポートに回ることが出来た。

英文歌詞は、ニーナが紙にえんぴつでサラサラと書いて、わたしてくれた。

あの長い歌詞が、頭に入ってたんだ。

「ヤクチュウの、死にかけゾンビどもに告ぐ」と言う一節が、私は気に入った。


この曲のリフレインの前後には、せいみたいな連続シャウトを入れるんだけど、これはニーナ大先生でなければ務まらない大役だった。

こうやって、メロディアスな予定調和を自らブチこわそうとするのが、パンク・ロックのパンク・ロックたるユエンなのよね。


ひとしきり歌い終わった後も、私たちはポリタンクをダン!ダン!ダン!ダン!と叩き続けた。

何だかゾンビ軍団の一部もノッて来た。

あんたたちのための入場曲じゃないんだけど。


ころ合いを見て、ザ・クラッシュが屋上に現れた。

白いマントのスソを持ち上げて、顔をかくしてる。

マントをバッと投げ捨てたら、がいこつめいさいのマスクが現れた。


そのマスクも、自分で、はぎ取った。

下から現れた顔には、ゾンビのフェイス・メイクがベットリ、ペイントされてた。

下でワラワラやってるクズどもより、ザ・クラッシュのペイントの方が、はるかにこわい。

まず形で勝つ。

これがショー・プロレスなのよ。


ザ・クラッシュは、そのまま勢いをつけて、屋上からダイブした。

ダイブしたザ・クラッシュを、真下にいたゾンビたちは、ちゃんと受け止めた。

うん。ここでげなかったのはめてつかわす。

もっとも、体を起こしたザ・クラッシュに、片っぱしから、しばきたおされちゃったけどね。


戦いのちゅうにいるザ・クラッシュは、まるで生きている戦車みたいだった。

ザ・クラッシュの強さを目にしたゾンビどもは、この正体不明の敵から逃げようとした。

でも、後列のお仲間が動こうとしないので、し合いになった。

元もと、ワラワラしてたのが、ますますカオス化した。


ザ・クラッシュの強さはあっとうてきだった。

力の差なんて、言うだけヤボ。

ダンプカーが風船をみつぶすようなものだった。


ザ・クラッシュはがけの下の泉をゾンビたちから「かいほう」し、何度も往復して、コンクリ構造物の水タンクをいっぱいにした。

「バケツ2はいずつじゃ、能率が悪くてしょうがない」なんて、ブツクサ言いながら。

まる一日、暴れ回って、ザ・クラッシュは新しい体に慣れた。

力加減もあく出来たみたい。


体じゅうドロドロになったので、構造物の中に入る前に、体を丸洗いした。

水は盛大にジャージャー使った。

水しぶきの音が耳にそうかいだった。

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