2
いつもシャキシャキしてる由希姉にしては、ずいぶんとモゴモゴした口ぶりだった。
「どうって……向かいの家のお姉ちゃん、じゃないの?」
「それだけ?」
「うん」
「そっかぁ……ふふっ、しょうちゃんはやっぱり、まだ子供だね。かわいい」
「……?」
その時のぼくは、彼女の言葉の意味がよく分かっていなかった。まさしく彼女の言うとおり、子供だったのだ。
「さ、そろそろ戻ろうか。凍みが解けたらやばいし」由希姉が立ち上がった。
そう、凍み渡りにはタイムリミットがある。日が昇っていくと気温が上がり、雪が柔らかくなる。そうなってしまうと足が潜って歩けなくなるのだ。
「そうだね」
ぼくも腰を上げる。
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「……あっ!」
裏山の坂を降りている途中、いきなり由希姉が声を上げたので、ぼくはビックリする。
「ど、どうしたの?」
「ウサちゃんが……いない……」
「ええっ!」
由希姉の言う「ウサちゃん」とは、彼女が着ている
確かに、行きのときは走る彼女のそばでそれが踊るように跳ねていたのをぼくも覚えている。だが、今はどこにも見当たらない。
「ほんとだ……」
「あちゃぁ……どこかに落としたのかなあ。わたし、ちょっと探してくる」
ぼくも一緒になって探してあげたい。だけど……トイレが……
「ごめん。ぼく、ちょっと漏れそうで……」
「うん、いいよ。わたし一人で探してくるから。しょうちゃんは先に戻ってて。それじゃね!」
言うなり、由希姉はクルリと方向転換して走り出す。
「……」
ぼくは少し心配になった。もうだいぶ凍みが解け始めている。大丈夫かな。それでも雪はまだ凍みているからウサちゃんが落ちてもその中に潜ることはないけど、小さくて白いものだから雪の上にあったとしても目立たない。直径2ミリくらいの赤い二つの目を手がかりに、なんとか探すしかない。時間がかかるかも……
トイレを速攻で済ませて、ぼくも探しに行くことにしよう。
そのままぼくはダッシュで家に向かう。
---
「げげっ!」
玄関の扉を開けたぼくは、思わず悲鳴を上げた。
なんと、ぼくがトイレに入っている間に、父さんが玄関のひさしから垂れ下がっていた大きな
「なんだ、お前また出かけるのか?」脚立に乗っていた父さんが、顔をしかめる。
「う、うん。ちょっと緊急で」
「そうか、それじゃすぐに片付けるから、ちょっと待っててくれ」
「うん……」
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なんだかんだで結局由希姉と別れてから45分くらい経ってしまっていた。でも、さすがにもう彼女ももう帰ってきているかもしれない。ぼくは向かいの家に飛び込む。
「おばさん、由希姉いる?」
「え、しょうちゃん、あんたと一緒じゃなかったの? まだ帰ってきてないけど」
向かいのおばさん……由希姉のお母さんが、ポカンとした顔で言った。
……!
なんてことだ。まだ帰ってきてないなんて……ひょっとして、なにかあったのかもしれない。
「あ、ちょっと、しょうちゃん? どうしたの?」
おばさんが問いかけるのにも構わず、ぼくはそのまま自分の家に向かって走り出す。
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凍みはすでに結構解けていたが、それでもぼくの体重ならまだなんとかなりそうだった。だけど念のため、カンジキを持っていくことにする。そのままぼくはかすかな足跡をたどって由希姉と走ったコースを戻っていった。
「……!」
それを見つけたとき、ぼくは心臓が凍りついたかと思った。
少しくぼんだ雪面の上に、由希姉のアノラックが広がっていたのだ。
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