実験
三上クコ
*
仮眠から起きると、実験台に並んだ九つの反応容器の内の一つが、グロテスクなピンク色に染まっていた。
「は……?」
寝起きの頭に目に痛い毒々しい色が強烈に突き刺さる。一瞬で目が覚めた私は、冷や汗をかきながら頭をフル回転させた。
条件は……、温度、湿度、圧力、撹拌力ともに問題はない。添加量は、小数点第二位の差は誤差だろう。問題ない。添加順番も間違えてはいないし、順番が違っても問題がない反応だ。これも違う。だとしたら
一気に増えたタスクに、私は額に手を当てて大きくため息を吐いた。こめかみをえぐるような痛みが仮眠でかろうじて出てきたやる気を一気に削ぐ。私は実験台の前にしゃがみこんだ。
圧力を調整するポンプの駆動音と撹拌子とフラスコが擦れる静かな音だけが実験室に響いていた。
反応を止める気力も湧かず、私は実験台に頬を乗せただらしのない格好でけばけばしいピンクが渦巻くフラスコを呆然と眺めていた。ふと頬に熱を感じ顔を上げると、隣の反応で使用している磁気発生装置が目に入った。
ある種の確信めいた予感に、私は勢いよく立ち上がって暫くその金属の塊を眺めた。そしてゆっくりと装置を問題のフラスコから遠ざけるように移動させてみた。装置を触るとそれに合わせてピンクの靄が蠢き、遠ざかると共に跡形もなく消えてしまった。
予想通り青く透き通ったフラスコに、据わった目をした私の顔が映る。
「これか……。ここに置いたのは、私か……」
今度こそ私は実験台の前に崩れ落ちた。
項垂れたままどれだけの時間が経過しただろう。私はようやく立ち上がると、無言で青いフラスコに三種類の薬品を入れて撹拌した。深い青色が徐々に汚らしい茶色に変わっていき、靄のような物がフラスコ内に漂い始めた。
添加した薬品は反応停止剤と呼ばれ、一つは中和、残り二つは高反応物質を無害にするための薬品である。きちんと処理しなければ廃棄時に残存物質が反応して爆発などを起こす可能性があるため、どれだけ気力がなくても確実にやらなければならない。
完全に処理した後の溶液は、泥水のような見た目をしていた。いつもならこれをそのまま廃棄すれば終了なのだが、私はわざわざ泥水をろ過して泥だけを分離した。その後、泥のような物を丸め団子状にすると、少々の怒りを込めてゴミ箱に思いっきり投げ捨てた。
*
「わ、彗星だ」
「お、本当だ。きれいだなあ」
「ねえ知ってる? 彗星ってあんなに綺麗なのに”凍った泥団子”って呼ばれるらしいよ」
「萎えるなあそれ。泥団子はないだろ」
「ね、泥投げられてるって考えたら萎えるよね」
「くそ萎えるな。まあ誰が投げてんだって話だけどなあ」
「……神様とか?」
「はは、ストレスフルな神様とかかなり嫌だな」
実験 三上クコ @mikami_kuko
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