第11話 僕らは希望の鐘を不吉に鳴らす
――まずい、あれが結び目になったら僕はおしまいだ。
僕の頭の中が絶望に染まりかけた、その時だった。
「――真咲君っ」
突然、杏沙の声が聞こえ、声を頼りに視線を動かした僕は思いもよらぬ光景にぎょっとした。杏沙が酔っ払った女性の手からシャンパンを奪い取り、未開封の口をこちらに向けていたのだ。
「頭を下げてっ」
僕が反射的に頭を下げた瞬間「ぽん!」という音が聞こえ僕を捕えていた腕の力が消えた。
「――痛っ」
地面に尻もちをついた僕が顔を上げると、「とんがり帽子」を失った男性がたった今目覚めたかのような顔で自分の頭を触っているのが見えた。
「……よくあの小さい帽子に命中させたな。ウィリアム・テル顔負けだ」
僕が杏沙の度胸に感心していると、男性の「ええと……何をするんだっけ」という途方に暮れたような声が聞こえた。
「まずいな、そろそろなんとかしなきゃ「キャロル」の音量が大きくなってきたぞ」
『トナカイの木』の枝で少女が口ずさむこの星にはない歌は、集まった人たちの合唱と共に巨大なうねりとなっていた。
「#$%&」
人々の歌声が大きくなるにつれ、頭上の「帽子」が銀色に輝き始めた。
――「僕」を外してくれない?
突然、『星っち』が不思議な頼みごとを僕らに投げかけてきた。
「どうするの?」
――形を変えて何とかしてみる。
「形を……変える?」
僕らが首を傾げていると、前の方で「どおん」と言う音がして『トナカイの木』の下から「頭部」を押し上げるように根のような形の塊が現れた。
「早く!」
「うわあー」
――あれが使えるかもしれない。
『星っち』はそう言うと、イヤーマフの形から二個のボールへと姿を変えた。
※
――「ベル」の音を最大まで上げて、僕を「あれ」に詰めるんだ。
僕らの近くにいたのは、ボールバズーカを手に千鳥足で歩いているイベントスタッフだった。
「まさか……あれに『星っち』を?」
「ちょっと荒っぽいけどやるしかないわ。……すみません、ちょっとお借りします」
杏沙がイベントスタッフの手から半ば強引にバズーカを奪い取った瞬間、僕は「ベル」の音量を一気に最大にした。すると次の瞬間、少女の歌う「キャロル」がふっとかき消すように小さくなった。
「いまだ七森、撃って!」
「……当たって!」
杏沙がバズーカの引き金を引くと、ボールが『トナカイ』の鼻先を掠め目に当たった。
「おおおおおん」
地面を揺るがすような『トナカイの木』の吠え声が聞こえたかと思うと、少女の目が怒りを現すように赤く輝くのが見えた。
「――くそっ、駄目か」
――鼻じゃ効き目が弱い。角の間にある「鐘」を狙うんだ!
僕は杏沙が手にしているバズーカに手を伸ばし、銃身を片手で掴んだ。
「僕がやるっ、七森、バズーカを離せ!」
僕は杏沙の手から離れたバズーカを片手で構えると、『トナカイの木』の角の間にある「鐘」に狙いを定めた。
――ラストチャンスだ!
「当たれ!」
バズーカの口から飛びだしたボールが「鐘」に当たると、途端に激しく鐘が振動を始め滅茶苦茶な音を響かせた。
「え、え、え」
駅前通りの地面が震え出すと、集まっていた人々の頭から「とんがり帽子」が一斉に外れ転がり落ちた。
「いやあっ!」
少女が叫ぶと、元の輪に戻った「帽子」がトナカイの「口」に一気に吸い込まれ始めた。
やがて「ごおん」という音と共に「鐘」が転がり落ちると『トナカイの木』が地面に戻り始めた。
「――きゃあっ」
バランスを崩しトナカイの角から落ちた少女は、トナカイの鼻の上で撥ねて僕と七森の広げた腕に飛び込んできた。
「ぐおおおおっ」
枝が朽ちるように折れ、断末魔の声を上げながら崩れ始めた『トナカイの木』から少女を守るため、僕と杏沙は少女に覆いかぶさるような形でその場にうずくまった。
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