第10話 僕らは最悪のゲームに参加させられる


 僕らは商店街のさほど長いともいえない距離を、何とか追っ手を振り切ろうと必死でかけ続けた。


「もうだめだ……あの「博士」、見かけによらずタフみたいだ。」


「そうね、何か考えなきゃ……あっ」


 杏沙の視線がとらえたのは、フェスティバルのスタッフらしき数名の若者たちと、それを撮影しているらしい地元テレビのクルーだった。

 スタッフがリポーターに紹介しているのはどうやら一般参加のイベントらしく、段ボール製の長い煙突が地面に横倒しにされていた。


 リポーターにマイクを向けられたスタッフたちは「今はですね、『煙突タイムアタック』というチャレンジをやっているんです。上位に入ると商品券一万円がもらえます」


「まだ乗っ取られてない……あの人たちに助けを求めるの?」


 僕が走りながら尋ねた、その時だった。杏沙がいきなりスタッフの一人に近づくと「あっ、うちのお父さん、さっきからやってみたそうだったんですけどいいですか?」と話しかけた。


「あっ、はい。もちろん。……どちらにいらっしゃるんでえすか?」


「あそこです。……あっ、こっちきた。じゃあみなさん、よろしくお願いします」


 杏沙は慌ただしくそう告げると「真咲君、今のうちよ」と囁いた。


 僕らがロケの輪の外に出た瞬間、飛び込んできた「博士」が「あ、こちらが参加希望のお父さんみたいですね。ではさっそく、この煙突に入っていただきましょう」と包囲される形で迎えられた。


「あっ、あの……」


「煙突を潜るとき、ちょっとその帽子は邪魔ですね。取っちゃいましょうか」


「えっ……?」


 僕らは「博士」が帽子を取られ煙突に押しこまれるのを見て、ちょっとだけ同情しながらもためらうことなくそっとその場を離れた。


             ※


 僕らが『トナカイの木』の広場まで戻ると、既に百人を超えるであろう街の人たちがイベントを見ようと集まり始めていた。


「帽子を乗っけてる人もかなりいるな。一斉に動き出したらどうなるんだろ」


「それよりあの子を探して。もう時間が無いわ」


「あとどのくらい?」


「……十五分」


「こりゃ大変だ、急がないと」


 僕らはアプリの『鈴』を注目されない程度の音量で鳴らしながら、少女の姿を探した。


「……いたわ、真咲君」


「えっ?」


 突然、杏沙が足を止め中央のステージを指さした。見ると『トナカイの木』の過ごし手前でこちらに背を向け上の『枝』を見つめている少女の姿が視界に入った。


「よし、気づかれないように近づこう」


 僕らはアプリを操作できるよう携帯を片手に携えたまま、人波を掻き分け始めた。


「――あっ、「リーダー」が移動を始めたわ」


「なんだって?」


 中腰になっていた身体を伸ばしステージを観た僕は、予想外の光景に思わず「あっ」と声を漏らしていた。「リーダー」である少女がステージ上に上がり、さらにそのまま『トナカイの木』をよじ登り始めたのだ」


「まずいな。動いたっていうから広場を出るのかと思ったら、木登りを始めるとは……」


 僕が途方に暮れていると、イヤーマフから『星っち』の声が聞こえ始めた。


 ――どうやら「乗っ取り」の開始宣言をするようだ。


 マフから今までとは比べ物にならないほど低い『星っち』の声が響いた。


「見てあれ、あの「角」の横に張り出した、枝の所」


「あっ」


 僕ははっとした。『トナカイの木』右の角の枝分かれした一本に少女が足を揃えて腰かけ、歌のような物を口ずさんでいるのが見えたのだ。


 ――『キャロル』だ。あれが最大になった時、この辺りの人間の「乗っ取り」が完了する。


「どうしよう。放っておいたら人類が支配されちまう」


「鈴のレベルを最大にして「鐘」にするしかないわね。失敗したら私たちも終わりだけど」


 見たところ広場に集まっている人たちの半分以上は頭に「とんがり帽子」を乗せているように見えたが、他の人たちはフェスティバルのグッズだと思いこんでいるようだった。


「とにかく、もう少し前の方に行かなきゃどうにもならないな」


 僕が強引に人波を掻き分けつつ、振り向いて杏沙の姿を確かめようとしたその時だった。誰かが僕をいきなり羽交い絞めにしたかと思うと、身動きできない僕の頭に「輪」を乗せた。


「――ああっ」


「サッキハ%&ヨクモ#▽」


 ――三人目の『博士』か!くそっ、油断した。


 僕の頭の上に乗せられた輪から帽子の先端が現れ、伸び始めた。


「畜生、離せっ」


 僕がもがいている間に「とんがり帽子」が完成したらしく、両側から伸びた「紐」が頬を這い下りて顎の所で絡まり始めた。


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