第9話 僕らは標的とお目当てを半分こする
こちらを見つけた途端、不気味に光った「博士」の目を見て僕らはその場で回れ右をした。
「ついてくから、どっちに行くか指示して」
「あ、はい」
急に主導権を預けられ、僕は戸惑った。たしかにここでは杏沙はアウェイなのだが、何もこんな時に任されなくても。正直、嬉しくはなかった。
「じゃあ行くよ。次の角を右」
「わかった」
僕らは後ろから迫ってくる足音にひりひりしながら、鈴の音と共に冬の通りを駆け始めた。
※
一般市民のはずの「博士」は、もともと運動神経が良いのか逃げる僕らを目を光らせて執拗に追い続けた。
だが、もう限界かと思った瞬間、運が僕らに味方をした。突然、背後で「ぎゃっ」という悲鳴が聞こえたかと思うと女性の「大丈夫ですか?」と言う声が続いたのだ。
「しめた、転んでくれた」
クリスマスに他人の不幸を喜ぶなんて最低だがこの際、しょうがない。
「どうする?」
「あそこのドラッグストア、奥にも出入り口があって裏小路に抜けられるんだ。店を突っ切ろう」
僕が目で前方の店を示すと杏沙は「わかったわ」と素直に頷いた。さすがに限界なのだろう。僕らはドラッグストアに飛び込むと何も買わずに店を突っ切り、そのまま裏の暗く細い通りに飛びだした。
「寂しいわね……この工事はフェスティバルとは無関係なのね」
日当たりが悪いせいで凍っている路地を踏みながら、杏沙が言った。
「そうだね。僕はたまに通るけど……あっ」
「どうしたの?」
「あそこだ……ほら『シュトーレン』。そうか、ここに面してたんだ。道理で見つからないわけだ」
僕は急に甦ってきた記憶を噛みしめると、「せっかくだからチェックしておこう」と再びガイドを任せられた気分で言った。
※
何だかヨーロッパの街角にありそうな菓子店『シュトーレン』に入った僕らは、雑貨の棚を横目にお菓子と呼べそうなものを集中的に探した。
「……あった。この『シュトーレン』って、たぶんお菓子だよ」
僕は表面を硬目に焼いたケーキと言った感じのお菓子を指さすと、杏沙に囁いた。
「そうみたいね。これを買いましょうか。ちょっと多いけど……」
そう言って店員を探し始めた杏沙の目が、ショーケースの前で涙目で固まっている少女の前で止まった。
「どうしたの?」
「御母さんに言われてお遣いに来たの。でも、小さく切ったのが無くてお金が足りないの」
ショーケースを見ると『シュトーレン千五百円』とあった。千円しか持ってこなかったのかもしれない。
「それじゃ、私と半分こしましょう」
いきなり杏沙がもちかけ、僕はぎょっとした。
「すみません、これ半分に切って別々に包んでもらえますか」
「あ、はい……」
戸惑う店員をよそに杏沙は少女に「じゃあ、ここに八百円置いておくわね」
「あの……半分だったら七百五十円じゃないんですか?」
「端数があんまり好きじゃないの。いいよ、七百円で半分、持って行って」
杏沙はそう言うと、にっこり笑ってトレーの上に代金を置いた。気前が良いというより一方的な調子に驚いたのか、少女は目を丸くしながら言われた通り残りの額をトレーに置いた。
やがて店員が袋に入れた商品を二つ、ショーケースの上に置くと少女が「ありがとうお姉さん」と頭を下げた。
「お家にまっすぐ帰るの?」
「うん。……あ、でも帰る前にもう一回、『トナカイの木』を見て行こうかな」
「気をつけてね。早く帰った方がいいよ」
「ありがとう。バイバイ」
店の前で少女を見送っていると突然、鈴の音が大きくなり目線の先である「異変」が起きた。去ってゆく少女の背中に十字型の光が浮かびあがったのだ。
「あっ……」
「まさか……・あの子が「リーダー」?」
少女を追いかけようとした僕らの前に、ドラッグストアの裏手から現れた大柄な人影がまるで通せんぼをするように立ちはだかった。
「すみません、急ぐのでそこを……あっ」
男性の頭には例の「とんがり帽子」とそして……光る「輪」があった。
――しまった、この人が三人目の「博士」だ!
僕と杏沙はその場で足を止めると、少女を追うことを諦めじりじりと後ずさった。
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