第4話 僕らは街角で突然、侵略される


「おかしいわね、繋がらないわ」


 ドラッグストアの前であたりに「とんがり帽子」がいないことを確かめた僕らは、早速七森博士に連絡を取ろうと試みた。が、一向に繋がらない電話に僕は何とも言えない嫌な予感を覚え始めていた。


「どうやらこの通りが一種の「結界」のようになってしまってるようね。こうなったら間にが何でも「侵略者」にお帰り頂くしかないわ」


 とんでもないことをさらりと言う杏沙に僕がぼやきの一つでも聞かせてやろうかと口を開いた、その時だった。


「お断りします。パーティーは好きだけど、その帽子は格好悪いです」


 声のした方を見ると、赤い帽子に白いコートの外国人女性が、トナカイとサンタに挟まれ迷惑そうに顔をしかめているのが見えた。


「……ゴドノフ博士!」


「えっ、あの人がゴドノフ博士?」


「そうよ。それがどうかしたの?」


「いや、別に……」


 僕は想像していた見た目とあまりにも違う人物に、言葉を失った。てっきり五十歳くらいのいかつい人物だと思いこんでいたのだ。


「博士!博士じゃないですか!さあ、早くこっちへ!」


 突然、杏沙が博士にいつもと違うテンションで声をかけたかと思うと、手首を掴んで目だけを僕の方に向けた。


『逃げるわよ』


 杏沙の目がそう言ったのを捕えた僕は慌てて頷くと、博士の手を引っぱって駆けだした杏沙の後に続いた。


 「とんがり帽子」を振り切ってカラオケ店の前で足を止めた杏沙は、キョトンとした顔をしている博士に向き直り「すみませんゴドノフ博士、荒っぽいことをして」と詫びた。


「えっ、私を知っているということは……あなた、ひょっとして七森博士のお嬢さん?」


 ゴドノフ博士は流ちょうな日本語でそう言うと、信じられないというように目をぱちぱちさせた。


                  ※


「そう、ドクターナナモリの。そう言えば覚えがあるわ。お久しぶり」


 雪のように白い肌の美女が微笑んだ瞬間、僕はおやと思った。真っ白なコートと、頭にかぶっている変わった形の赤い帽子が、なんだか少しちぐはぐな気がしたからだ。


「父に言われてお迎えに上がりました。でもちょっと状況が変わってしまったので、このハプニングが片付いたら研究所の方に来てもらえますか?」


「そうね、そういう話だったわね。何が起きたのか知らないけど、わかったわ」


「ありがとうございます。どうしよう、どこかでゆっくりと説明しないと」


 杏沙が珍しく焦る素振りを見せると、博士が「ところで、こちらの少年は?」と尋ねた。


「ええと、この子は……」


「真咲新吾といいます。中学二年生です。学校は違いますが七森の友達です」


「うふふ、礼儀正しいボーイフレンドね。大学で生物を研究しているハンナ・ゴドノフよ。よろしくね」


「真咲君。この辺りであんまり流行ってないお店ってない?」


「なんていうかちょっと失礼な注文だなあ……あ、でもあそこなら」


「どこ?」


「あの小さいブティック。割と年配の人向けみたいだから、今の時間はお客が少ないんじゃないかな」


 僕が杏沙たちに目で示したのは、中年女性向けのブティックだった。


「良さそうね。話ができそうなスペースがあればだけど……博士、付いて来て下さい」


 ブティックに足を踏みいれ、杏沙が休憩スペースを目で探していると突然、博士が「ナナモリさん、ちょっとメイクを直したいんだけど」と言った。


「あ、はい。わかりました。……真咲君、少しの間、この辺で待っていてくれる?」


「あ、ああ」


 杏沙が素早く申し出たのを見た瞬間、僕は「ははあ、トイレか」と状況を察した。


「それじゃ、僕はその辺で待ってます」


「そうして」


 博士が答えるより早く、杏沙がいつもの冷静な口調で言った。おいおい、僕は君のお供を申し出たわけじゃないんだぜ。


 こうして美人の博士と冷たい美少女の、ロマンチックとは程遠いクリスマスが始まったのだった。

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