第3話 僕らは約束もなく肩を並べる


「……あら、真咲君。またロケハン?雪も降ってきたし、早く帰った方がいいわよ」


「いやまあ、景色もきれいだし……君こそ家から遠いこんなところで何を?」


「父の古い友人でゴドノフ博士って言う方が、こっちに来てるらしいの。父が用事で来られないから、私が代わりに迎えに来たってわけ」


「ゴドノフ博士……?」


 僕は杏沙が口にした聞きなれない名前に、どうやらイルミネーションとは無関係な外出らしいぞと軽い失望を覚えた。


 ――まあいいか。多少当てが外れても、クリスマスイブに美少女を拝めたことだし。


「待ち合わせはどこ?」


「イベント広場の『トナカイの木』の前」


 ああ、あそこかと僕は納得した。『トナカイの木』というのは町はずれに落下した茶色い塊から生えた二本の枝のことだ。


 まあ本当に枝かどうかもよくわからないのだが、塊と枝(らしき物)は「トナカイの木」と呼ばれ空地にビルを建てるためフェスティバルに貸した後、大学に寄贈される事になった。


 そのフェスティバルとは駅前通りを開放したクリスマス限定、一日限りのイベントだった。


『ホワイトクロス・ストリート』は駅前通りの一丁目と二丁目を区切る通りに輸入雑貨や個人のアクセサリー店などの露店を並べ、十字の形にした二日間限定の地域イベントなのだ。


「そろそろ、イベントの開始時刻だな。広場に行ってみようか」


「そうね。混み始めたら博士を見つけるのに骨が折れそうだものね」


 杏沙は僕の案にこれといった駄目出しも出さず、即座にうなずいた。やはりクリスマスだと杏沙の態度もいくらか柔らかくなるのだろうか。


 僕はまったく予期せぬ形で突然訪れた「杏沙とクリスマスの通りを歩く」というイベントに興奮しつつ、しかし遊ぶ約束をしているわけでもなんでもないという事実に複雑な思いを抱いたままイベント広場へと足を向けた。


                   ※


「それでは駅前通りクリスマスイベント、スタートです!」


 トナカイやサンタの服を着た実行委員がバズーカのようなクラッカーを一斉に鳴らし、『トナカイの木』の背景ボードにプロジェクションマッピングのCGが映し出されたその時だった。


 木の生えている「土」の部分が獣の鼻のように前にせり出したかと思うと、上下にぱくりと開いて口を思わせる穴から輪のような物が泡のように大量に吐き出された。


「な……なんだあれは」


 僕らが呆然としていると、「輪」は空中高くふわふわと浮き、広場にいる人たちの頭のてっぺんに着地した。


「僕たちの方にも来たぞ。待ち合わせは後回しにして逃げよう、七森」


「なんだか気味が悪いし、そうするしかなさそうね。博士とは後で合流しましょう」


 僕らが駅前通りを引き返す形で『トナカイの木』から距離を取ると、「輪」を乗せた人たちがなぜか動きを止め、一時停止をかけられたようにその場に立ち尽くすのが見えた。


「……どうしたんだろう」


 振り返った僕らが息を呑んで見つめていると、頭の「輪」から二本の繊維がしゅるしゅると顔の両側を這い下りて顎の所で勝手に結び目を作るのが見えた。同時に「輪」の中心が盛り上がりあっという間に五センチほどの尖った「帽子」になるのが見えた。


「あの帽子……生きてるみたいだ」


「みたいじゃなくて、確実に意思を持ってるわね。しかも取り付いた人間を乗っ取ってる」


「乗っ取ってる?……ってことはあの小さなとんがり帽子はまさか寄生……」


「寄生生物、つまり「侵略者」だわ!」


 僕らは過去の体験から得た危機感知能力で素早くその場を離れると、これといった策もないまま会場の一番端まで駆け足で逃げ始めた。


「どうしよう「侵略」が始まったのなら、会場を出れば解決するわけでもないし」


「とにかく時間を稼ぐしかないわ。対策はその後よ」


「くそっ、またしても僕らだけで戦わなくちゃならないのか」


 僕と杏沙がフェスティバル会場と一般の往来を仕切っている目印の外へ出ようとした、その時だった。


「――うわっ」


「きゃっ」


 カラーコーンの間の「隙間」から出ようとした瞬間、僕らは透明な壁に脱出を阻まれたかのように内側に向かって弾き飛ばされた。


「うそっ」


「まさか……閉じ込められた?」


 僕らは顔を見あわせ、すでに事態がただならぬ所まで進んでいることを知った。


「どうしよう……このままじゃいずれ僕らも「侵略者」にあの帽子を乗っけられちまう」


「なんとかして敵の弱みを突き止めるしかないわね」


「おい、戦う気か?弱みなんてそう簡単に見つかるわけないだろ」


「とりあえずパパに電話してみるわ。……どこか敵の目から隠れられる場所を探して」


「探してと言ったって……」


 僕は杏沙の無茶な要求に呆れつつ、軽いパニックの中安全そうな場所を目で探し始めた。


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