第2話 美少女の奇妙なブラウス

 そして、そのとおりになった。

 あれから八年の歳月が流れた。

 そのあいだに、久美子くみこは、大学は文学部のフランス文学とかに行き、「ダブルスクール」で服飾とかファッションとかの専門学校にも通って、親の会社の跡継ぎとして必要ないろいろなものを身につけて行った。

 フランス文学に進んだのは、服飾会社の跡継ぎには教養が必要だと思ったからだという。親にそう言われたのかときくと、久美子は平気で

「いや。自分でそう思った」

と答えた。

 何よその教養が必要って?

 まだ二十にもなってないガキに「教養」って何かなんてわかるの?

 そう言いたかったけど、言わなかった。

 そして、久美子が大学にいるあいだには、お母さんの引退はなかった。

 着物が完成しなかったからだ。

 そのお母さんのことは、久美子からも聞いたし、久美子の「叔母」である会社の後輩からも聞いた。

 「お様に申しわけない」と着物モデルからの引退を表明した久美子のお母さんは、まず、桑畑を開くことから始めた。

 なんで桑、というと、蚕というのは桑の葉を食べて育つからなのだそうだ。

 初めて知った。

 ここの駅から一時間くらいかかる新岡にいおかという駅から、さらにバスで山のほうに行った和髪わかみやまというところに畑を買い、桑の若木を買いつけて、植えた。

 次に、その近くの、無人になった農家の建物を買い取って、というか、譲ってもらって、そこで蚕蛾かいこがを飼い始めた。蚕蛾の繁殖とかもやったらしい。

 蚕がいっぱいまゆを作るようになると、蚕の繭から糸をとる技術を知っている人を探して教えてもらい、自分で糸をつむいで糸をとった。

 そして、その次は手機てばたを織る人を探して、はたを織る方法も身につけた。使われなくなった機織りの織機おりきを貸してもらい、自分で機を織った。

 でも、細い絹糸では、布が織りあがるまでかなりの時間がかかる。自分の会社の仕事がメインなので、久美子のお母さんが和髪山まで布を織りに行ける時間は限られている。

 そこで、地元のひとを雇い、いろんなところで使われなくなっていた織機も集めて、給料を出して織ってもらった。

 自分一人で着るもののために何人もの人を使うなんて、なんというぜいたく!

 久美子が大学二年生になったとき、そう指摘してやると

「いや。だから、ずっと昔からシルクって贅沢品だったわけでしょ?」

と悪びれずに答えた。

 そのとき久美子が着ていたのは、大胆な、というか、奇妙なデザインのブラウスだった。

 大小不揃い、形も不揃い、色も赤だったり黒だったりベージュだったりの布を、パッチワークと言うにはあまりに乱雑につぎはぎしたものだったから。

 全体に光沢感はあるけど、その光沢も部分によって違っている。

 「ああ、これ?」

 わたしがじろじろ見ている、と久美子は思ったらしい。

 まあ、じろじろは見たけれど。その奇妙なデザインの全体像を把握するために。

 「母の失敗作なんだよね。糸にする段階で太さが一定じゃないとか、全体に太すぎるとか、織るときに失敗したとか、織るのは織れたけど裂けちゃったとか。それをわたしがもらって、つぎはぎにして仕立てたんだけど」

 説明して、久美子はびるように笑う。

 この子にしてはめったにない表情だ。

 「ダメかな?」

 「正絹しょうけんだったんだ」

 化学繊維だと思っていた。

 「正絹というか、つむぎも混じってるけどね」

 どこが違うんだ、とかはきかなかった。

 きくと、めんどうくさい説明になりそうだったから。

 「やるんだったら、ワンピとかにすれば?」

 適当な返事をしておく。久美子は

「じゃ、そうする」

と答えてから、

「お様に申しわけないとか言っておいて、こんなに失敗作を作ってるようじゃ、よけい申しわけないじゃん」

と言い、笑いを消してまたメランコリックに目をそらせた。

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