いつまでも輝く母へ
清瀬 六朗
第1話 久美子の憂鬱
久美子はわたしの会社の一年後輩の子の姪にあたる。
姪といっても歳はその子と十歳も違わない。
その久美子が、その後輩に用事があって会社に来たとき、なぜかわたしのことが気になったらしい。それで、偶然を装ってわたしに会い、いきなりわたしを買い物につき合わせた。
それがわたしと久美子の出会いだった。
親がアパレル関係の会社をやっているという。それで、その買い物につき合わせたお礼として、わたしに、その親の会社で仕立てた冬服を贈ってくれた。
久美子の見立ては確かだった。その冬服のおかげで、わたしはその冬をいくぶん幸せな気分で過ごせた。
そして、その次の春。
わたしが久美子の買い物につき合った店のすぐ近くの、けっこう年季の入ったビルの屋上、まだちょっと肌寒いカフェテリアで久美子が唐突に言った。
「母親がさあ、モデル辞めるとか言い出して」
「はい」
わたしは甘めのカフェオレを飲んでいたのだが。
久美子、スタイルを気にするとか言って、その歳でブラックコーヒーとかどうなのよ?
「たしか、お母さん、会社を経営してるって言ってたよね?」
そのアパレル会社で、この久美子はモデルをやっていて、それで、平均よりちょっと給料のいい会社に勤めるわたしではどうやってももらうことのできない給料をもらっている。
その久美子が言う。
「うちの母、もともとモデルなんだ」
ということは。
「つまり、そのモデルの仕事、後は久美子ちゃんに任せて引退、ってこと?」
「そういうのとちょっと違って」
久美子はメランコリックに言う。
「着物のモデルなんだよね、うちの母。会社作って、もとのモデル業はだいたい辞めたんだけど、着物のモデルだけは続けてたんだ。まあ、娘のわたしが言うのもなんだけど、着物が似合って、すごい着物美人」
まあ、そうなんだろうな。
この、若くして、というか幼くして美人の久美子にその遺伝子を受け継がせた人なのだから。
久美子、着物着るとどうなるんだろう?
……なんて考えるのはやめた。
美人になるに決まってるから。
「その母が四十歳にもならないのに引退って言い出したんだよ」
その歳で母親が四十歳にならないというのもたいしたものだと思うが。
「で、久美子ちゃんは反対」
「あたりまえ」
メランコリックなまま、少し怒気をこめて、久美子は言う。
「美人なのなら、ちゃんと美人の役割を果たすべきだよ。水着モデルとかいうならともかく、さ。着物モデルだったら、おばあちゃんになっても役割果たせるでしょ?」
「まあ」
じゃあ、久美子はどうなんだろう?
でも、この久美子のことだから、この歳から「おばあちゃん」になるまで、自分の美人さをどう活かすかというプランを立てていそうだ。
それを説明されてもなんとも反応のしようがないので、わたしは久美子を上目づかいで見て、きいた。
「で、理由は?」
「おコ様に申しわけないから、だって」
「つまり」
お母さんのお子様、ということは、久美子のことだろうから。
「久美子ちゃんがいつまでも仕事を引き継げないのは申しわけない、ってこと?」
「あ、違う違う」
久美子はそれまでのメランコリックな振りをやめて、ちょっと笑って首を振った。
「子どものお子様じゃなくて、お
なんとか話について行く。
「着物の原料が絹で、その絹がその
たしか、蚕というのは蛾の一種で、さなぎになる時にさなぎを包む
その繭から作るのが
「つまり、生糸を採ると蚕は死ぬわけでしょ?」
「それは、まあ」
ビーフシチューを食べると、その肉のぶんだけ牛が死ぬ。
それといっしょだと思うけど。
「蚕を死なせて採った絹の光沢感? 自分がそれと同じくらいに輝いていられないなら、自分が着て着物の宣伝はするべきじゃない、っていう、身勝手なんだか何なんだか、よくわからない理由で」
そう言って、ブラックコーヒーを飲みながら、久美子はわたしを見た。
さっきわたしがやったのと同じように、上目づかいで。
「でも、うちの母って、雑誌のモデルとかだとそのときの自分の気分に合った服が着られないから、なんて理由で会社作っちゃった人だからさ」
ちょっと、ことばを切ってから久美子は続けた。
低い、ざらざらした声で。
「なんか、とてつもなくめんどくさいことを考えていそうなんだよね。それが、
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