第6話 「運命との出会い」
母さんと一緒に寝た日から一年が経ったこの日。俺は変わらず魔法の練習に励んでいた。
「‥‥ふぅ。今日はこんなものか?」
空を見上げると、太陽はもう一時間ほどすれば中天に差し掛かるであろう位置にあった。ちなみに俺がいる今の場所は家から直線で凡そ30キロほど離れた場所にある標高は凡そ1000メートルほどの山の山頂に俺はいた。
「流石に、だいぶ慣れてきたな」
ほぼ毎日通い詰めていれば人は自然と慣れてしまうものだ。
だがそもそも何故、俺はそんな場所にいるかと言われれば。それは体を鍛えるために他ならなかった。
今から半年前。六歳になった俺は体を鍛えるための鍛錬を開始した。
まず最初は柔軟をした後に軽い走り込みから腕立てや腹筋や背筋をして、その後は手頃なサイズと重さの木を見つけてそれを削いで作った木刀を振るった。それを1ヵ月ほどこなした後は走り込みの距離と腕立てなどの筋トレや素振りの時間と数を増やした。そしてある日。
「よし、それじゃあ増やしていくか」
その日から少しづつ休息日を挟みながら距離と量を増やしていき。そして、そんな事を繰り返している走り込みの距離が30キロに到達するときに今の鍛錬の場として使っている山を見つけた。
山を見つけてからいきなり登頂するのではなく、少しづつ登頂していき発見から一週間ほどして初めて登頂に成功した。
そこからは、片道30キロの道のりを出来るだけ早く駆けながら山に登頂し、山頂で体を鍛えて昼になる前にまた片道30キロをランニングで、もちろん全力ダッシュを含めて走って帰る。
そんな事を続けていたおかげで体だけではなく内臓、もっと言えば心肺機能の強化も出来た。
「よし、今日はここまでにしておくか」
直前まで振るっていた手製の木剣を背中に背負い、何時ものように帰宅するために下山を始めようとした時だった。
「‥‥なんだ?」
何者かに見られている。感覚ではなく直感的に感じ取った俺は咄嗟に背負っていた木剣を構える。どこから見られているかは分からない中で、何時でも動けるように周囲へ神経を張り巡らせる。
〚見つけた〛
「誰だっ!?」
突然聞こえた声。それは音を介してのモノではなくもっと根源に直接的な、魂に語り掛けてきたかのようだった。
〚驚かないで。私はずっと待っていた。貴方が、私の声が聞こえるようになる時を〛
「声が聞こえるようになるのを、待っていただと?」
気配も、姿すらも見えない相手に待っていたと突然言われて信じる人間はいない。だからこそ一旦は構え
こそ解いたが、それでも意識は即座に反応できるように魔法も待機状態を維持する。
〚はい。私はあなたという存在がこの世界に生まれるのをはるか昔から知っていました。そして生まれた時からずっと待っていました〛
「はるか昔から、だと?」
〚はい。いずれ現れる異郷の神との間に生まれる男児である、神の血を引く貴方を〛
「!?」
少なくとも、俺が生まれてくると知っていたのは俺の両親と屋敷のメイドたち。それと領地の人間で商人たちも良くも悪くも知っていた、そこまではいい。だが、この姿が見えない存在は俺と母さん以外決して知るはずのない父親の存在を言い当てた。それだけで驚愕するには十分だった。
「お前は、一体何者だ…?」
〚‥‥‥‥‥」
答えを期待してない、だが淡い期待を込めての問いにそれは僅かな沈黙。
〚‥‥‥私は、貴方の伴侶です〛
「‥‥‥はい?」
事務的に、しかし何処となく羞恥心のようなものを感じさせる声音で、予想外の言葉に俺は思わずにその場で呆けてしまった。
「‥‥‥マジです?」
〚その言葉の意味は良く分かりませんが、本当です〛
衝撃的事実。この世界で俺は知らない間に伴侶がいるようです‥‥。
「って、いきなりそんな話信じられるかぁぁぁぁ!?」
〚‥‥そう言われても、事実なのです〛
理解の埒外のあまりの俺の言葉にそれは冷静にそう言ったが、されど僅かにへこんだ感じの声音に罪悪感を覚える。別に姿が見えないやつが悪いんじゃないと思いなおした。今日あたり接触してきそうな気がするので、その時にあいつを問い詰めよう。そう決意した。
「‥‥あ~、その、だな。アンタが嘘をついているとは言わないし、攻めるつもりもない。けどその前に突然の事に俺も混乱しているから…」
〚なるほど、理解できます〛
「だから、色々と知るために2日ほど待ってもらえないか?3日後ににはまた来るから」
〚‥‥分かりました。では3日後に、また〛
そういうと、それの声は聞こえなくなり。念のための呼びかけの声にも反応が無いのを確認した後に空を見上げると、太陽はほぼ中天に迫っていて。今日は何時ものように走っては間に合わないので、普段使わない身体強化魔法を使っての全力疾走で帰ることともう一つ、今夜することも決定した。
「‥‥取り敢えず、帰るか」
なんだか、どっと疲れた気がしながらも俺は家への帰り道を急ぐために下山を開始した。のだが、往々にして起こりうる事。それは一つ、何か起きればそれに連鎖するように厄介な事が起きるという事だった。
「はあ、なんで今日はいるんだか…」
下山を始めて一分後。俺の前にこの山の主が鎮座していた。
(
それは、この山の生態系の頂点に立つ虎の魔物。その体躯は前世の虎の倍の大きさで、2本の牙は鉱物を好んで食べることから水晶のような輝きを放っており、この一帯の王としては相応しい姿だった。だが、今ばかりはそんな晶牙王獅子が邪魔だった。
(あいつ、しつこいんだよな‥‥)
以前、遭遇した時も面倒だったので相手にせずその横を身体強化魔法を発動した状態で駆け抜けたのだが、それが気に食わなかったのか山の麓付近まで追いかけてきた事があった。余分を言えば、鉱物を食べる影響で岩石を吐き出してくるのだが、それは良い回避の練習に使えたので気にしていない。
しかし、面倒だからと言って倒すなら今の俺でも簡単。けど、結果王者が居なくなることで生態系への悪影響を考えると、倒すのは得策ではなかった。
(やっぱり、気絶させるのが最上、か)
目的と手段が決まれば後は、行動に起こすのみ。
(
体内魔力を活性化させ、心臓を起点に魔力を血流に乗せて循環させ強化の度合いを上げる。その強化の度合いは10段階の内の3で。
「ッ!」
3に到達した瞬間に俺は1キロはあった晶牙王獅子の距離を零にして。
「‥‥!?!?」
突如として目の前に現れた俺に驚く晶牙王獅子をしり目に速度と風圧を纏った拳。そんな時に唐突だが、晶牙王獅子をそのまま攻撃を加えても、皮の表面に微細で硬い鉱物を身に纏っているお陰で下手な魔法や攻撃は効かない。もちろん頭部も同様だ。皮は硬くて柔らかいのだ。
だが
そして残る最後は、人が生まれた時から持つ武器である拳による拳打を使う事で。
俺は額に拳が当たる直前に止めると、晶牙王獅子は声を上げることなく白目をむきその体は地面へと倒れ伏すが、もちろん殺してはいない。
「安心しろ、寸止めだ」
気絶している晶牙王獅子にそう言うと握っていた拳を解き、俺は先を急ぐために
(ふう、上手く出来たな)
俺が晶牙王獅子に対して行ったこと。それは急激な加速によって生み出された風圧と衝撃を拳に乗せて放ち、放った風圧と衝撃によって晶牙王獅子を脳震盪の状態に陥れた。ただそれだけだった。
晶牙王獅子対策のために編み出した技で、使えるか分からず初めて実戦で使ったがしっかりと効いたようで助かった。そして、それ以降は幸いにして特に問題が起きるという事はなく、俺は30キロの道を走破して無事に家へと帰宅することが出来た。
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