第5話 「親子の愛」
「ごめんさないね。アークを一番に入れさせてあげようと思ったんだけど。リーエルに入って来いって言われちゃってね…」
「いや、それはこっちも悪かったよ。まさか居るとは思わなかったからね」
「ふふ。そうね、あれじゃあ親子なのに他人行儀みたいになっていたわね」
「あはは…」
笑いながらそう言ってくる母さんの髪を、背伸びをして洗いながら俺は苦笑いを浮かべる。
この世界では血の繋がった親とはいえ、精神は前世の記憶を持った成人した他人だ。精通していたら、何がとは言わないが、まあ反応してしまっていただろう。
想像してみてほしい。
背あり、蒼い瞳に白い肌。子供を産んだとは思えない引っ込むところは引っ込み、出るところは出ている体と細い手足、腰まである紅い髪に胸は美乳。そんな美女が髪は湯気でしっとり、白い肌はほのかに紅潮し泡が随所に付いた状態の生まれたままの姿を自分に晒している状況。反応しないのは俺は男としてどうかと思ってしまう程の衝撃だった。
(マジで、まだ体が幼くてよかった…)
幼いことに困ることはあれど、ここまで感謝したのは初めてだった。
そんな俺とは裏腹に母さんは嬉しそうだった。
「はい、綺麗に流せたよ」
「ありがとう。じゃあお返しをしないとね」
「え、自分で洗えるからいいよ」
「そう言う訳にはいかないわ」
その後、数度の押し問答の末に俺は母さんに頭を洗われる事になった。
「ふふっ、それにしてもリーエルには感謝しないといけないわね」
「…どうして?」
「だって、リーエルに入って来いって言われなきゃアークの頭を洗えなかったから」
「そうかな…?」
「そうよ? だって子供の事は領民たちに聞いていたけど、貴方ってば全然手が掛からないんだから」
「これでも、色々と困ってたりするのよ?」
と俺の頭を洗いながら言う母さんに、俺はどうしたものかと悩む。確かに、俺は他の同年代の子どもと比べて物分りが良いのは中身が成人男性なのだから当然なのだが、その事で母さんを困らせるのは俺の本意ではない。だが、今更子供らしく振る舞うのもまた違和感が凄い。
そんな事を悩んでいると、母さんが後ろから泡がつくのも構わずにそっと抱き着いてきた。
「母さん?」
「今更、他の子と同じように振る舞うこともないわ。でも…」
「偶には、甘えたりしてくれると嬉しい、な」
「……分かったよ」
もし、母親でなければ俺は本気の求婚をしていただろう。それ程までに今の母さんの声音の威力は計り知れないもので、俺はそう答えるのが精一杯だった。
「本当にっ!?」
「うん。余程のことじゃなければだけど…」
「ううん!ありがとう、アーク!」
そして、それを聞いて喜ぶ母さんは更にギュッと抱きついてきて、背中に感じるものから全力で気を逸らしながら、母さんにはこの先も敵わないんだろうなと、そう思わされた。
「それじゃあ、一緒に入りましょう?」
それから、一旦それぞれで体を洗った後に湯船に浸かったのだが、湯船に浸かっている間は母さんは俺を後ろから抱き着いたままでとてもではないが、俺は体と気が休まらなかった。それでも今まで我慢させてしまっていた母さんの為だと割り切り、湯船から上がるまで母さんの好きにさせたのだった。
「それじゃあ、アーク。おやすみなさい」
「うん。おやすみなさい」
風呂から上がり、寝間着を身に着けた俺と母さんは風呂の入口前で分かれる。母さんは仕事があるのか執務室へ、俺は寝るために自分の部屋へと帰る。部屋に戻る前に歯を磨くのも忘れない。そして、部屋へと戻る。
「……あ"あ"あ"〜、づかれた〜〜!」
部屋の中へと入り、周りに人の気配が無いことを確認して俺は張り詰めていた糸を緩めて、ヘナヘナと床へと腰を降ろす。
「本当に、体が幼くて良かった…」
母さんの持つ色気の前にして、俺は心の底から自分の体に感謝した。
「…取り敢えず、寝よう」
風呂に入ったおかげで、気が休まることは無かったが、程よく温まった事と緊張の糸が切れたことで心地よい眠気が襲ってきて、俺はそのまま導かれるようにベッドに潜り込むと然程時間を置かずに深い眠りについた。
「はぁ、かなり時間が掛かってしまったわね…」
カーテンを開けて見える月の場所からして、深夜は回ってしまっているだろう時刻。残っていた仕事を片付けて自分の寝室へと戻る途中だった。
「あの子は、もう眠っているわよね…」
歩けるようになってからは、手がかからないせいで一緒にお風呂に入ることがなかった我が子。リーエルの計らいで久方振りに一緒にお風呂に入ることが出来た私は自分でも分かる程に暴走してしまった。
思い返すその行為に、あの子を困らせてしまってはないか心配だった。
そして、私の足は自分の寝室に戻ることなく、アークの。アルクトスの部屋の前に来ていた。
「あの子が寝てるか、確認するだけ。確認するだけ…」
そう自分に言い聞かせて、私は静かに扉を開けて部屋の中へと入る。
部屋の中はカーテンが閉められていたが月の光によって薄暗い。そんな部屋の中を進んでいき、ベットの直ぐ側まで近づき、そっと覗き込む。そこにあったのは静かに寝息を立てる愛しの我が子の寝顔で。
「……、……」
「ふふっ、可愛い寝顔」
そっと、あの人と似ている少し癖っ毛の髪を優しく撫でる。辺りに音はなく微かに聞こえるのはアークの寝息だけの静かな空間。だけど、今の私には何よりも捨てがたいもので。ずっとここに居たいと思う気持ちが強くなるなかで、最後にもう一度髪を撫でると私は扉へと足を向ける。
(アーク、貴方は強くならないといけない。この世界と、貴方のためにも)
まだ、教えることのできないあの人から教えられたこの子に待つ運命。それに押し潰されない為にこの子に愛情と力を与えよう。
(それなら、一緒に寝てもいいんじゃ?)
頭の中にふとよぎったその思い。そして思い返せば二歳までは一緒に寝ていたが、一人で歩けるようになってからは大丈夫だと
(いいえ、駄目よ。この子は強くならないといけないのだから!‥‥でも、まだそれは先でもいいわよね…?)
誰に向けてではなく、自分への言い訳。だが実際、5歳とはまだ子供だ。
そして、幼い子供には母親の体温を傍に居ると安心して眠る。と子供を持つ親たちから聞いたこともあった。我が子に愛情を注げて、自分は子供の成長を直に感じ取れる添い寝。更に親子であれば邪魔をされることもない。
だから、ステラは踵を返してアークの眠るベットへするりとその体を滑り込ませる。
間近で息子の顔と寝間着の隙間から見えた体は、幼い。けれど陰ながら鍛えているのかうっすらと筋肉も見えた。
「毎日顔を合わせているのに、知らず知らずに成長するものなのね…」
穏やかな寝息を立てるアークの寝顔を見ていると、程よい体温と穏やかな寝息にステラの意識も徐々に眠りへと落ちていく。
「‥‥‥おやすみなさい、アーク。いい、夢を‥‥」
穏やかに眠る我が子にそう言い、ステラは静かに眠りについた。母さんが眠りについたのを確認して、俺は閉じていた眼を開ける。
(まさか、潜り込んでくるとは思わなかった…)
母さんが部屋に入ってきた時に目が覚めてはいた、けど母さんだと分かったので寝たふりをしていたのだがまさかベットに潜り込んでくるとは、予想外もいいとこだった。
(まあ、でもすぐに寝てくれたのは助かった…)
ずっと起きられていても困るし、起きたことがバレても面倒だったので眠ってくれたのは本当に助かった。じゃあ断ればいいのではと言われたら、それに対して俺はノーと答える。
実の親なのだから、親が子供と一緒に寝るのはおかしい事じゃないし、親孝行はしてあげたいのだ。
「今日はありがとう、母さん」
労わるように優しく頭を撫でる。手に触れる髪の感触はまるで絹のようにサラサラで、そんな髪を梳くように撫でるとむずがゆそうに母さんは頭を動かして、子供っぽいその動きに俺は小さく笑った。
この時、俺は気が付かなかったがその動きは、先程の母さんと全く同じでそれはまさに親子といえた。
「さて、俺も寝るか‥‥」
目が覚めたとはいえ、まだ眠りが足りていなかったようで眠気が襲い掛かってきて、俺はそれに逆らうことなく再び眠りにつき。
次に目が覚めた時には朝になっており、横で寝ていた母さんの姿はそこにはなかったが淡い香りがそこに居た、夢ではないと告げていた。
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