第4話 「特訓を終えて」

「うん、そろそろ今日の練習はここまでにしましょう。魔力も限界でしょ?」


「はぁ、はぁ。そ、そうだね‥‥」


 時刻は夕方。あれから、ひたすら『火球(ファイヤボール)』を含めた火属性の魔法を、その使い方を実演を含めて教えてもらった俺は、全身の虚脱感を感じていた。魔力欠乏症の症状で、正直、空腹も相まって少し動くのも億劫と感じるほどの疲労感だった。


「それにしても、休憩を挟んだとはいえ結構長い時間魔法を使っても気絶しないなんて、保有量が結構多いみたいね」


「…みたい、だね」


 正直、言って保有する魔力が多いのは、ある男からのアドバイスを実践したお陰だ。今日に至るまで毎日は常に日中は魔力を放出していて、夜は残った魔力の制御という生活を繰り返していたその結果、まだまだではあるが結果としてかなりの保有魔力を増やせて、かつ魔力の回復時間の短縮と魔力制御技術の向上につながった。それでも、母さんにはまだ及ばないが。何せ、実演のために母さんも魔法を使っていたが、未だに余裕があるようだった。


「歩けそう?」


「結構つらい、かも…」


 今の俺は歩けば生まれたての小鹿のようにしか歩けないだろう。まだそこまで体を鍛えていないとはいえ、これは情けなさすぎる…。


「ふふっ、ならこれは仕方がないわよね?」


「え、ちょっ!?」


 一瞬の出来事で理解が置きつかなかったが、それでも分かる事、それは俺は母さんの背中におぶさっていたという事だった。


「か、母さんっ!? 自分で歩けるって!」


「ふふふっ、そう言わないで。実は産まれたら一度はやってみたかったのよ、我が子をおんぶするの!」


 恥ずかしがる俺に対して、母さんの手は離さないとばかりにしっかりと俺を抱えていて、とてもではないが降ろしてくれる様子はなかった。


(まあ、でも実際助かってるのもあるし、これも親孝行ってやつなのかな…)


 それでも、精神的にはこの世界での歳を合わせると26になった身で恥ずかしさは拭えないので、そんな風に思考を逃避させて気にしないようにして、一方の母さんは嬉しそうに俺を背負ったまま家の中へと戻っていく。その中で、俺はある事に気が付いた。

 母さんの体に触れていたから分かったそれは、循環する魔力だった。


「母さん、これは…?」


「あら、疲れてても分かったの?」


「うん。背負ってもらって分かったけど、これって身体強化魔法ベルガだよね?」


「ふふっ、正解!」


『身体強化魔法(ベルガ)』。それは体内魔力を全身に循環させ身体能力を強化する、魔力を持つ者であれば誰でも扱える無属性魔法。だが、一つだけ欠点もある。

 それは使っている間、魔力を常に循環させる。その際に生じた無駄な魔力は放出されるので、魔力操作が甘いと簡単に魔力欠乏症に陥ってしまうので一般的な魔法で短時間では便利、けれど長時間では使い勝手が悪い魔法として有名な無属性魔法を、母さんは使

 少なくとも、俺が執務室に行ったときから変わっていない。という事は…。


「…もしかして、執務室から今までずっと?」


「さ〜て、どうでしょうね〜?」


 母さんは笑っていたが、それは正解と言っているのと同じだった。


(敵わないな…)


 改めて、母さんの背中の大きさを実感しながら、俺は母さんの体に全身を預けて。それを母さんは嬉しそうに微笑みながら家へと向かって戻っていった。

 そして、屋敷に戻って手洗いを済ませると直ぐに夕食の時間となる。のだが今日の夕飯は一味違った。


「ねぇ…、今日のご飯なんだか多くない?」


 今日の夕飯は、野菜のサラダにローストチキンに近くの池で捕れた魚の香草焼き。それらが何時もの二倍程の量がテーブルの上に所狭しと並べられていた。


「まあ、多いと思うかも知れないけど、今日は魔力を結構消費したからね、これ位は食べないと体が持たないわよ。 ね、リーエル?」


「はい。ですので、遠慮なされずに食べてください」


「はい、だから冷めないうちに食べちゃいましょう」


 母さんに加えてリーエルさんにそう言われたら、そういうものなのかと納得するしかなく。そして、確かに何時もより空腹感が酷いこともあり、母さんの音頭の後に俺も取り敢えずナイフとフォークを手に取り、食べ始める。そして、直ぐに自分の体に俺は驚くことになった。


(あれ…?あれあれ…?)


 何時もであれば、お腹も膨れる程の量を食べたというのにまるで空腹が消えていなくて。まさに食べれば食べる程に腹が減るといった感覚で、疑問が浮かぶが取り敢えず食べる手は止まることなく。

 気が付けば所狭しと並べられていた料理は全て俺と母さんの胃袋へと消え去り、食後のお茶を飲む時間になる。


「ふふっ、ちょうど良かったでしょ?」


「うん…。でも、なんで?」


「それは魔力を限界近くまで使ったからよ」


 母さんが言うには、魔力とは肉体が持つ余剰生命力を魔力へと変換したもので。故にそれが枯渇すればそれを補充する為に肉体が食べ物を欲する。

 そして、食べた先から体が吸収していくから直ぐにお腹が減ってしまう、との事だ。


「へぇ~。そうだったんだ」


「ええ。それに、魔力は使った以上に補充するから魔力の保有量が増えるのよ」


 嬉しそうに説明してくれる母さんに申し訳ないのだが、実はこの事を俺は事前に知っていた。そして、それを派手にやるもと思い自制して少しづつ実践してここまで魔力を増やしたのだ。

 といっても少しづつ魔力を増やしていたので、今回みたいに魔力を一気に消費した事はなかった。

 しかし、今回は魔力も増えて魔力欠乏症を実際に体感するという良い経験も積めた。つまり一石二鳥だ。


「もしかして、母さんもそうやって魔力を増やしたの?」


「ええ。とはいえ今はそこまでやってないけれど…」


 そう言いながら、母さんは何処か自嘲気味に視線を逸らして、リーエルさんを見ると苦笑を浮かべている所して、あまり触れないほうが言いと直感的に感じたのでそれ以上触れることはなく俺は立ち上がる。


「ごちそうさまでした」


「もう部屋に戻るの?」


「うん、流石に疲れたからね」


「分かったわ。お湯を沸かさせるからそれまで寝ないようにね?」


「分かった」


 母さんにそう答えながら俺はダイニングを出る。

 俺としても、汗をかいた状態で寝るよりは風呂に入ってさっぱりした後の方が気分もいいし、疲れも取れなにより寝つきも良い。

 ついでに言えばこの世界の風呂は土魔法で石を加工して作った石風呂だ。近くに川が無いこの場合の水はどうするのかといえば、それは魔石で解決する。

 浴槽の縁の一段高いところに設置された魔力が込められた二つの魔石、そのうちの一つである水属性の魔石である藍玉(アクアマリン)に軽く魔力を流して風呂に水を張る。そして次に浴槽の縁に等間隔で四か所設置されている紅玉(ルビー)が埋め込まれた石の一つに魔力を流すと連鎖反応を起こし、紅玉(ルビー)からの熱で石が熱せられ、やがてお湯が沸くといった形だ。ちなみに、温泉が湧くところ以外ではこれがこの国の一般的な風呂だ。


(取り敢えず風呂が沸くまでは一休みするかな‥‥)


 内心でそう呟き、俺は自分の部屋へと戻っていったのだった。そして、部屋でくつろぐことおよそ20分。


「アークさま、お湯が沸きましたのでお風呂にお入りください」


「分かった。ありがとう」


 リーエルさんがお風呂が出来上がったことを教えに来てくれたので、俺は早速体をさっぱりさせるために家の一角にある囲いに囲まれた露天風呂へとウキウキしながら向かう。

 脱衣所に着くと俺は服を洗濯物を入れる籠の中へといれて裸になると、浴室へと入る。湯船から湯気が上がっており、やや視界が悪いが天井が無いお陰で熱が籠りすぎる事無く、ちょうどいい温度だった。

 そして、まずは頭と体を洗おうと洗い場へと足を向けたが、そこにはすでに先客がいた。


「あら、アーク。遅かったわね」


「か、母さん!?」


 流しかけなのか腰まである紅い髪と白い肌の泡が随所に付いた状態の生まれたままの姿の母さんの姿があった。

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