第3話 運命

「僕はゴミだ……」


 朝日が差し込む部屋のベッドの上には、ルカが死んだ目で横たわっている。


「ルカちゃんはゴミではないわ?」


 喋るようになって一人で寝ると話したルカのために部屋を与えていた両親だが、昨日の才能啓示式での出来事からすっかり人が変わった息子が、何をするかわからないので母が寄り添っている。


「お母様のような……優れた魔法使いに……僕は……なれませんでした……」


 才能がなければ魔法は使えない。それが世界の常識であり、真理である。


 ルカは転生してその事実を書物を通じて勉強し、魔法とは何かを自分に叩き込んだ。


 奇しくも――――魔法の才能はなかったが。


「ルカちゃん? 魔法が使えなくてもルカちゃんは大事な息子なのよ? わ、私たちは才能なんてなくてもみんなを大事にしていくわ。だから落ち込まないで……」


「お母様……僕のような愚息を……」


「愚息じゃないわ。ルカちゃんの頑張りは誰よりも見てきたもの……才能は人によって与えられるものが違うから……でもね? ルカちゃんが授かった武術だけどね?」


「武術……僕はゴミだ……」


「ああっ! ご、ごめんなさい。もう言わないわ! さあ、朝ごはんにしましょう」


 昨日まで目を輝かせていた息子の姿はそこにはなく、肩を落とし顔が真っ青になっている。


 それはまるで、ギャンブルに有り金全てを融かして人生に絶望している人のように――――。


 食堂に着き、メイドたちが運んでくれる料理を前にも、ルカは手を動かすことはなかった。


 母は献身的にルカに食事を食べさせてあげた。


(ああ……一体僕は何のために転生をしたのか。魔法使いになれる五年前に死に……運命だと思っていた異世界でも僕に魔法の才能がない何て…………一体俺はどうすれば……)


 そのときだった。


 ――――『ルカ・ウィードは【魔力眼】を開花しました。』


(魔力眼……?)


 ルカの頭に不思議な女性の声が響くと、次の瞬間、目の前に不思議な光景が広がった。


 父と母、妹、弟の体から淡い水色の不思議なオーラが立ち上る様が見えた。


(これが……魔力? 書物で書かれていた目に見えない不思議な力の魔力とはこれのことだったのか……ああ……なんて美しいんだ)


 ルカの目から一筋の涙が流れる。


(ルカちゃん!? これはまずいわ……このままではルカちゃんの心が壊れてしまう……!)


(美しい……ああ……魔力とは何と美しいんだ……)


「ル、ルカちゃん? 何か欲しいものはないかしら? 何でもいいわよ?」


「欲しいもの……僕の……魔力……」


「ああっ! ご、ごめんなさい! 何でもないわ。さあ、食事が終わったら、母と一緒に散歩に行きましょう? 妹弟も一緒に行こうね?」


(メア……レン……君たちにも何て美しい魔力の波が…………)


「お兄様! 私、また花のこと、教えてほしいです!」


「おにーたまー僕もおしえてー」


 ルカを抱きしめる家族。


 だがルカの心は既にそこにはなく、自分を包み込む魔力を掴もうと手を伸ばす。


 だが掴むことはできなかった。



 ◆



 一か月が経過した。


 その間もルカの死んだ目は変わる事はなく。


 その日はルカの気分転換のためにと思い、近くの街に買い物に出かけた。


(ん……? 何だあれは……?)


 窓の外をボーっと眺めていたルカの目に入ったのは、街の中から立ち上る――――灰色のオーラ。しかもとんでもない勢いで上空に登り続けていた。


(あれは……魔力の波? あんな巨大な魔力の波は初めてみた。お父様もお母様も素晴らしい魔法使いだが、部屋が充満するくらいだ。街の外まで漏れ出るってどれだけすごい魔法の才能の持ち主なんだ……)


 少し気にはなったが自分には関係ないと、またボーっと外を眺めた。


 馬車は街の中をゆっくり走り、奥へを進んだ。


 奇しくも、ルカが見た灰色のオーラに近付いていき、間近になった。


(まさかこんなところにいるのか。灰色の持ち主。一体どんな――――)











 馬車の中から、ルカは灰色のオーラの持ち主と目が合う。


 それこそが運命の出会いであった。











「っ!? お母様! 馬車をすぐに止めてください!」


「ルカちゃん!? わ、わかったわ! 馬車をすぐに止めてちょうだい!」


 一か月ぶりに大きな声を上げた息子に驚きながらも、すぐに馬車を止めようとするがすぐには止まらない。


 ルカは開いた小さな窓から外に飛び出た。


「ルカちゃぁぁぁん!」


 武術神級。覚醒しただけでルカの身体能力はありえないほどの向上しており、走る馬車の中から飛び降りても難なく着地し、灰色のオーラの持ち主の元に走った。


 ルカが走り足を止めた先にあったのは――――


「ひい!?」


 一人の少女がルカを見て体を震わせる。


 恐怖に支配されたその目に、ルカは衝撃を覚える。


「これは一体……なんだ?」


 ルカは彼女との間にある鉄格子に触れ――――いとも簡単に左右に開いた。


「ひいっ!?」


 檻の中で震えている女の子たちが体を寄せる。


「お、おいっ! 何をするんだああああ!」


 豊満な体を持った狐目の男が走ってきて、ルカの腕を掴む。


「これは何だ?」


「これは何だってこちらのセリフだよ! この檻がどれだけ高いと思ってるんだ!」


「ルカちゃん!」


 遅れて母のエリカがやってきた。


「あんたの息子か! 一体どうしてくれるんだ!」


「ルカちゃん!? ど、どうしたの急に!」


「お母様。一体これは何ですか……?」


「これって……あぁ……奴隷売場……ね」


「奴隷売場……?」


 ルカが住む王国は奴隷制度があり、こうして道端で物のように奴隷売買が行われている。


(そういや王国法律にそんなことが書かれていたな……)


 ルカも奴隷制度を思い出した。


「見た感じ、どこかの貴族さんだと思うけど、檻の弁償はしっかりしてくれよ!」


「貴様。檻などどうでもいい」


「き、貴様!?」


「どうして彼女のような人をこんなところに入れてるんだ!」


「ど、奴隷だからだよ!」


「ふざけるな! 彼女は――――」


 立ち上る灰色のオーラを指差すが、それが誰にも見えないことを思い出して口を閉じた。


「くっ……それならお前が買いなよ! ここに残ってる子はみんな売れ残りだから銅貨一枚でいい! それよりも檻を弁償しろ!」


「檻、檻……うるさいな」


 ルカは開いた鉄格子を――――元に戻した。


 元の状態に戻った鉄格子に口をポカーンと開く奴隷商人。


「…………お前。奴隷なのか」


「!? は、はぃ……」


「……僕のところに来るか?」


「えっ……」


 ルカと少女の間に一瞬の静寂が訪れる。


 少女は――――必死に考えた。


 そして、声に出す。


「あ、あの……ご飯は……頂けるのでしょうか……?」


「食事か。ああ」


「! は、はいっ。ぜ、ぜひ行かせてください」


「そうか。わかった」


 ルカは懐から銅貨を一枚取り出した。


(銅貨一枚……前世なら百円玉と同じ価値を持つ……人の命が銅貨一枚……か)


「あ、あのっ!」


「ん?」


 少女は震えながらも、必死に訴えた。


「わ、私、出来る限り頑張ります! ここにいる子たちも……みんな頑張れます! ど、どうか……私以外の子も……お願いしますっ……」


 その場で土下座をする彼女の周りの少女たちも土下座をした。


(灰色のオーラに隠れていたが、彼女たちからもオーラが見える……どうして魔法の才能があるのに奴隷になんて……)


「わかった。全員買おう。銅貨三枚追加だ。これでいいな?」


「え、え? …………すぐに奴隷契約を結ぶから少しお待ちください~!」


 奴隷商人はあたふたしながら、ルカに四人の女の子の奴隷権利を渡した。

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魔法が使いたい転生者は、魔法適性0だが三十歳まで童貞を守り抜いて魔法使いを目指します~魔法の才能がある奴隷達に魔法を教えたら最強軍団が生まれました~ 御峰。 @brainadvice

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