第2話 覚醒する才能――しかし、

「お父様~!」


 広い庭で男がストレッチをしていると、後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。


 振り向いた男は――――今にも溶けそうなくらい嬉しそうな笑顔で少年を迎え入れる。


 男の前に立った少年は目を輝かせて見上げる。


 男は少年がここに来た理由を誰よりも知っている。


「ルカ。今日も見たいのか~?」


「はいっ! 見たいです!」


「仕方ないな~ちょっとだけだぞ?」


「はいっ!」


 普段は何も興味を示さない息子だが、あることにだけは興味を示し、むしろ怖いと思うくらい執着を感じてはいたが、可愛さのあまり気にしないことにしている。


「じゃあ、行くぞ! ――――ファイアボール!」


 男が両手を空高く掲げると、真っ赤な炎の渦が現れ、やがて大きな炎の塊となった。


 何もないところから生まれた炎は、空高く放たれ、空の上でバーンと大きな音を立てて爆発した。


「うわぁ~! 綺麗~!」


 爆発した炎は不思議なことに虹色の光となって周りに散っていった。


「お父様! もう一回! もう一回!」


「仕方ないなぁ~ルカにだけ見えるんだぞ~?」


「はいっ!」


 男は二発目の魔法を空に放つ。


 また大きな音が屋敷に広がった。


 窓際では二人の様子に見慣れたメイドだが、響く爆発音に小さく溜息をつく。


「わあ~! お父様かっこいい!」


「ふふふっ! そうじゃろそうじゃろ!」


「お父様、もう一回!」


「いいとも~!」


 そして三度目の手を上げた男だったが――――


「貴方。ルカちゃん。そろそろそこまでにしましょう」


 空から差し込む太陽の明るさに照らされた美しい水色の髪に澄んだアクアマリンにも負けず劣らずの綺麗な瞳が二人を見つめながら、困ったような表情を浮かべていた。


「お母様!」


 少年は一目散に母の元に走っていく。


 そして、彼女の両手にそれぞれ抱きかかえられた小さな赤ん坊を見上げた。


「エリカ……せっかくいいとこだったのに……」


「屋敷のみんなが爆発音にびっくりしちゃいますから」


 困った表情を浮かべた母は、ゆっくり屈んで赤ん坊を息子にちゃんと見える。


 男か女かまだ判断が難しい外見の赤ちゃんは、驚いたように口をパクパクさせながらどこか遠くを見つめ、もう一人の赤ちゃんは自分の兄をしっかり捉えて、両手を伸ばしてバタバタさせた。


「あら、メアちゃんはお兄ちゃんが大好きみたいね~」


「あうあう~」


 まだ上手く歩けないが兄に掴み立つ娘を愛おしく見守る母と父。


 いつまでもこの幸せが続いてほしいと心から願いながら――――。


 ――――だが、幸せはあっけなく終わりを迎えた。



 ◆



 少年は五歳になった。


 がやがやしているのは少年が住む町から少し遠い大きな街にある教会。


 大勢の子どもたちから大人まで緊張した面持ちで並んでいる中、少年ルカは満面の笑みを浮かべて目を輝かせていまかいまかと待っていた。


「ルカちゃん? 緊張してない?」


「していません! 僕はお父様もお母様の息子です。必ずや素晴らしい魔法使いになります!」


「ルカちゃんは相変わらず魔法使いになりたいのね。でもね? 私たちはルカちゃんが魔法使いになれなくても、どんな才能を授かってもいいからね?」


「いえ。魔法使い以外はゴミです」


「あ、あはは……」


 少年は歩けるようになるとすぐに書斎に行き、魔法に関する本ばかりを読んでいたのを思い浮かべる。


 自分の息子ながら不思議だとは思ったが、幼い頃から夢に向かう息子の姿勢を応援すると決めた母と父であった。


 壇上に純白の衣装の初老男性が立つと、聖堂内が一瞬で静寂に包まれた。


「女神アルテミシア様が見守る中、本日は新たな素晴らしい才能が生まれることでしょう。さあ、これから名前を読み上げた人からこちらに来てください」


 司祭が一人ずつ名前を呼ぶとまだ五歳くらいの少年少女が水晶の前に向かう。


 中には体が大きい子もいれば、大人も混じっていたりとする。


「――――無才」


 非情な言葉が告げられると、絶望した表情で教会を後にする子供や親がいたり、涙を流しながら肩を落として去る大人もいた。


 才能というのは誰にでも与えられるものではない。ここに集まった人々はそれを知っていてもなお、より良い未来のために多額の寄付金を投資し才能啓示を受ける。それこそが今日行われている才能啓示だ。


 個別にも受けられるが、それだと三倍以上の値段がするので、こういう大きなイベントの日に多くが集まるのは自然のできごとだ。


 そんな中、今日の全ての予定が終わり、最後の子供の番となった。


「――――ルカ・ウィード。前へ」


「はい」


 母と父、妹、弟の期待の眼差しを受けながらルカは席を立ちあがり、壇上に置かれた水晶と神官の前に立った。


「女神アルテミシア様のご加護があらんことを……! ルカ・ウィードに才能を与えたまえ!」


 次の瞬間――――水晶からは眩い光が溢れ出した。


(っ! 光が出たってことは才能があるということ! 俺は一体何属性の魔法使いになるんだ!)


「おお……! こ、これは! 素晴らしい! 今日という日に生まれた才能に感謝を!」


「それで僕はいったいどういう属性が使えるのですか!」


「ん……? 属性?」


「はい! 火属性ですか!? 水属性ですか!?」


「属性って……魔法使いのことか?」


 司祭の質問に大きく頷くルカ。


「ん……残念ながら君には火属性も水属性も才能はないぞ?」


「くっ……お父様とお母様と同じ属性にはなれませんでしたか……だが、構いません。魔法使いには他にも、風、土の四台属性があるし、そちらはどうでしょう!」


「ん? 風属性も土属性もないぞ……?」


「ま、まさか……僕は特別属性なのか!?」


 四大属性の火、水、風、土。その枠から外れた特別属性の雷、氷、光、闇。


「えっと……君……雷も氷もないよ?」


「な、何と……まさか光か闇ですか!?」


「えっ? い、いや……だから……君には魔法の才能は……ないぞ?」


「へ……? じゃ、じゃあ! さっきの光は何だというんですか!」


「ああ! 君は素晴らしい才能が授けられた! 何と――――武術神級だ! 世界に数人しかいないと言われている神級で――――」


「それって……僕は……魔法使いではないってこと……ですか?」


「ん? ああ。魔法は使えないが、人類の最高傑作と言われている神級――――」


 ルカは司祭の言葉の続きを聞くことなく、父と母の下に戻った。


「ルカちゃん! おめで――――」


「お父様、お母様」


「う、うん?」


 次の瞬間――――ルカはその場で土下座をした。


「大変申し訳ございません……お二人の息子でありながら、魔法使いになれず、武術というゴミ才能を授かってしまい……」


「ルカちゃん!? ゴ、ゴミではないわ! 神級って――――」


「もう僕にお二人の息子を名乗る資格などございません。いえ……もう僕に生きる価値などありません。この場で命を――――」


 息子のあまりの反応に驚いた母だったが、その言葉の重みは伝わってきた。


「ダ、ダメッ! ルカちゃん!」


 すぐに息子を抱きしめる母と、慌てる父。


 妹と弟も意味はわからないが二人の真似をして兄を抱きしめる。


 この日、世界にたった一人の武術神級が力を覚醒したのだが――――誰一人喜べる者はいなかったという。

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