第45話 2人きり

『……大丈夫です冬至、すべてを私にまかせて下さい』

『たすけてくれぇえ!!』


 風呂場から冬至の叫び声が聞こえる。まったく、何時だと思っているんだ、近所迷惑なやつだなぁ。

 明日はバトルロイヤル。少しでも英気をやりなわなければならないっていうのに。

 そろそろ眠ろうと床についた時、トントンとドアがノックされた。


「……こんばんは、勇気」

「好実? どうしたのこんな時間に」


 なんと言うか、いつもの好実と少し雰囲気が違う気がする。

 服装は学校指定のジャージだけど、お風呂上がりだからなのか、ポニーテールは解いているし、どこか良い香りもする。


「うん、少しだけ二人きりでお話がしたくて」

「別に大丈夫なんだけど、今お風呂場に……」

「(がちゃん!)おいてめぇ勇気! いい加減たすけ(がちゃん)(かちゃ)」


 決死の思いでリビングに続く扉を開けたであろう冬至を押し留め、そして鍵をかける好実。


「二人きりで話したいことがあるの」

「いや、今冬至が……」

「話したいことがあるの」


 冬至がいないことにされてしまった。


「……さっき、本当はなんの話をしていたの?」

「さっき? あ、新妻さんのこと?」

「……うん」


 話したことと言えば、新妻さんの昔話だ。

 中学生に入りたての頃は、いまよりずっと真面目だったこと。そのせいで、友達は一人もいなかったこと。

 だけどこの話は、新妻さんからしてみれば、あまり人に教えたくない話かもしれない。


「ごめん好実。まだ教えられない」


 僕がそう言うと、好実はじっと僕の顔を見てきた。


「……そう、私には教えられないのね」


 すると好実は、僕のベットのところまで歩いてきて、隣に座った。

 ピッタリと身を寄せて。


「ど、どうしたのさ好実、いつもとなにか違うよ?」


 いつもだったら、気に触ることがあったら、迷いなく関節を決めてくるはずなのに。


「……もうこれしかない。あの子はもう勇気のことを……」


 ごにょごにょと独り言をこぼす好実。


「……!」


 僕の手を握ってきた。

 指と指の間に、しっとりとした好実の指が入る。


「勇気、私ね、あなたのことが……」


 頬を染めながら、そして視線を右往左往しながらゆっくりと言葉を紡ぐ好実。


 ……おそらく好実は、大事なことを話そうとしている。

 だから、僕は真剣に話を聞かなくちゃいけない。好実の友達として。


「あ、あなたのことが…… す」


『きゃー! 変態よー!』


 突然、外から歓声にも似た叫び声が聞こえてきた。


『ど、どうしてタオル一枚の男が野原を疾走しているんだ……!』

『あれ、あの顔どこかで……』

『っていうか、女性に追いかけられてないか?』


 ドドドっ、風呂場まで駆けてゆき、覗いてみると二人の姿はなかった。

 風呂場の窓が空いている。おそらくそこから脱出したんだろう。


 ふと、洗面台に目を向けると、そして、違和感を覚えた。


「あれ?」


 おかしい、タオルが一枚足りない。


『……っタオルに名前が書いてあるぞ。……たかはし?』

『たかはしって、あの高校生の?』

『昼間、会長と戦ってたあの先輩か!」


 あ、あのやろうぅ!!

 外は暗いから、僕じゃないってことに中学生達が気がついていないんだ……!


「ごめん好実! 話はまた今度!」


 僕はそう声をかけて、外へと疾走した。


「はぁ…… また言いそびれちゃった」

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