第14話 もう一人 


「そもそも可井君と戦ってないじゃない」

「い、いや、僕は確かに戦ったよ! 試合の後、安藤さんと、『あなたが勝てるわけがない!』ってもめたじゃないか!」

「あなた、頭でも打ったんじゃないの?」


 僕の足は、勝手に動いていた。

 学校に戻り、色々な人に確認した。

 先生、クラスメイト、友達。

 その誰もが、安藤さんと同じ答えを出した。

 そして……悪友さえも。


「何を言ってんだ、お前、昨日はそもそも試合やってないじゃないか」

「や、やったよ! ほら、ヒヨコを見て、バイブレーションしてるでしょ? 恐怖が体に刻み込まれてるんだよ」

「鳩と戦った後もしてるだろ」

「し、してるけど! 本当に覚えてないの⁉︎ 冬至が、可井君について調べたいって交渉してきたんじゃないか!」

「……記憶にないな」

「そ、そんなわけっ…… そ、そうだ、好(このみ)なら覚えているはず!」


 乱暴に通学バックからスマホを取り出し、LINEを開いた。

 そして、僕の心は、奈落の底に突き落とされた。


「……ない、好(このみ)の連絡先がない……」

 昨日まで一番上に欄に鎮座していた、好の連絡先が消えていた。

 画面をスライドさせて、何度も何度もさがしたが、見つけることができなかった。

 嫌な予感が身体中を巡る。

 ……聞きたくない、聞きたくないけど、確認しなくちゃいけない。


「と、冬至」

「………」

「相川好って、僕たちの親友のこと……」

「………」

「覚えてるよね?」


「………だれだ? そいつ」



僕は、記憶に残っていた好の電話番号に何度コールした。

でも、帰ってくる返事は、人間の声じゃなかった。

……もう、分かってるんだ、僕自身が認めたくないだけなんだ。

全ての人間が、記憶を改竄(かいざん)されている。

 可井君と試合をしたこと、そして、好のことを。

 そして、なぜか、僕だけは記憶を改竄(かいざん)されていない。

 僕は、ただ立ち尽くしていた。




 僕は、今、公園のブランコに座っています。

 夜景がとてもきれいだ、今の僕の位置からはコンクリートの外壁しか見えないけど、おそらく、綺麗だと思う。

 いったい僕は何をいっているのだろう。

 ……冷静になって考えると、今回の件、色々と疑問点が残る。

 可井君との試合をなかった事にしたことについては、僕を一番にしたくなかったからだろう。

 でも、好(このみ)の存在を、みんなの記憶から消したこと、僕だけが記憶を改竄されていないこと、この二つに関しては目的が分からない。

 それに、重大な問題もある。

 相談できる相手がいない。


『あー、記憶改竄? そうだな、たしかにされたかもな、そんなことより上カルビ定食の話はどうなったんだ? それも記憶改竄って言いきるつもりか?』


 冬至はまともに取り合ってくれないし、担任の先生も含めた教師達も、冬至と同じ反応を見せた。

 ……考えを変えてみたらどうだろう。

 記憶を改竄されられたのは僕で、僕以外の人たちの記憶が正しい可能性。

 昨日、冬至は『記憶の改竄』には、とてつもない魔力が必要だと言っていた。

 だとしたら、この可能性の方が現実味がある、そうだ、おかしくなったのは、きっと僕の方なん……。

 一瞬、好の姿が頭の中にフラッシュバックした。

 ……だめだ、それは、好の存在を否定することになる、それだけはダメだ。

 でも、どうしたらいいんだ。これ以上、僕にできることはないもないっていうのに。


「……もうこんな時間か」


 高い位置に掲げられている公園の時計を確認すると、短針が九の方向を指していた。

 ……今日は帰って、また明日考えよう。

 通学バックを取ろうと立ち上がった時、ビクビクっと胸ポケットが振動した。


「ぴよ! ぴよ!」

「うわっ…… びっくりした」


 ヒヨコが勢いよくポケットから脱出し、僕の頭の上に着地した。


「ぴよ!」


 頭をつんつんと突かれた。

 ……励ましてくれているのだろう。

 そういう感情が、伝わってくる。


「ありがとう、元気がでたよ、ヒヨコ」


 抜け毛を嘴で挟み、愉快に足踏みしているヒヨコ。


「ピヨっ!」

「帰ろうか、リードどこにしまったかなぁっと」


 ピロン

 今度は、ブランコの端に置いていた、通学バックから音がした。

 ん、今の音はLINEかな。

 スマホを取り出し、画面を確認する。 


「え…… なっ!」


 予想外の文面に、思わず絶句してしまった。


『学校全体が、記憶阻害、または記憶改竄の魔力を影響を受けています。高橋勇気、力を貸しなさい        神崎奏(かんざきかなで)』


 バカ三人組で怒らせた。お嬢様からだった。




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