第13話 違和感 その②

 ……おかしいな。

 試合の申し込みが全く来ない。

 SNS社会、些細な情報でも、すぐに拡散されるはずなのに。

 でも、こないに越したことはないし、あまり気にしないでおこう。


『ピヨピヨ』


 胸ポケットにすっぽりと収まっていた、ヒヨコが、嘴で襟をひっぱってきた。


「ん、どうしたの?」

『ピヨ』

「公園に散歩に行きたい? ……うん、いいよ、行こうか」


 どうせ、また鳩に戦いを挑むのだろう。

 見た目によらず、好戦的なんだよね、このヒヨコ。




 公園は、子供たちで溢れかえっていた。

 ある者は、砂場で砂遊びを、ある者はブランコでゆらゆらと、ある者はボール遊びを。


『ピヨ!』


 ヒヨコは勢いよくジャンプし、砂場に早鳥足に向かって行った。


『わー、ひよこだ、かわいい』

『なんで、こんなところにヒヨコ?』

『もふもふしてる……』


 あっという間に子供の心を掴むヒヨコ。

 つい最近、子供に論破された僕からしてみれば、少し複雑な気持ちだ。

 ベンチでひと休みしていると、後ろから声をかけられた。


「あんた、こんなところで何をしているの?」


 首をぐいっとのばし、見上げる形で振り返ると、見知ったクラスメイトが、犬のリードを手に睨みつけてきた。


「こんにちは、安藤さん」

「………」

 可井君の件、まだ怒っているのだろうか。

 だとしたら、関係を修復しないといけないよね。

 なので、とりあえず容姿を褒めることにしよう。


「厚化粧しているときより、すっぴんの方がかわいいね」

「ねぇ、一緒に砂遊びしない? あなたは頭から土に埋まる役ね?」


 もっと鋭い目つきになってしまった。


「まぁ、いいわ、あんたみたいな雑魚にどう思われようと、私の人生に何の障害もないものね」

「………」


 なぜ、僕の周りの女性はそろって口が悪いんだろう。


「で、なにしてんのよ」

「……ヒヨコの散歩だよ、今は子供と遊んでるよ」


 砂場の方向にスッ、と指を刺す。


「ふーん、よし、リンダ、ご飯の時間よ」

『ワン!』


 安藤さんの掛け声とともに、ヒヨコに向かって走り出すワンコ。


「え、あ、ちょっ」

「ふん、あんたの召喚獣なんか、私のリンダでイチコロよ」


 我が召喚獣、ヒヨコは、鳩にも勝つことができない、本当にただのヒヨコだ。犬なんかに襲われたらひとたまりもない!


(こい、ヒヨコ!)


 咄嗟に瞬間移動術で僕の頭の上に転移させた。


「ふぅ、こんな姿でも、僕のパートナーなんだ、そう簡単に食べされる気はないよ」

『ピヨ!』


 ヒヨコの命は僕の命、一心同体だ。


「……ごめんなさい、冗談よ、あと、少しだけあなたのこと見直したわ、ほんの、1ミリだけだけどね」


 そう言う安藤さんの口端は、少し上がっていた。


「にいちゃん! にいちゃん!」 


 広場の方向から、聞いたことのある幼い声が聞こえてきた。


「君は……、水遊びしていた、こうへい君?」

「うん、こうへいだよ、そんでね、みんなでやきゅうやろうとおもったけど、ボールがないの」

「ボールがない?」

「うん、だから、ぼーるもってない?」

「うーん、ボールかぁ、安藤さん、犬のおもちゃとかもってない?」

「ごめんなさい、今日は持ってないの」


 よしよしと頭を撫でながらやさしい口調で返事をする安藤さん。


「おねーさん、けしょうしてないときのほうがキレイだね」

「……こうへい君? 余計なことを言っちゃダメよ? ……だって、もっと生きていたいでしょ?」


 笑顔で優しい口調だけど、心は笑っているとはおもえない。


「ごぺ、ごぺんなさい」

「分かればいいのよ、分かればね?」


 顔を覗き込むように笑顔を見せつける安藤さん、こうへい君も恐怖を刻み込まれているのか、小刻みに震えている。


「ボール、ボール、あ、これでいっか、はい、どうぞ」

「わ、ありがとう、じゃぁ、やきゅうしてくるね」

「うん、がんばってきてね」


 僕が渡した黄色いボールをもって、友達の元へ全速力で戻って行った。

 うん、やっぱり子供は元気が一番だ、見ている僕も元気がもりもり湧いてくる。


「……ねぇ、高橋」

「ん、なに?」

「今、何を渡したの?」

「なにってそりゃ、ボールだよ」


 ヒヨコを丸めた作り出した、世界で一つだけの黄色いボールだ。


「……さっき褒めたこと、やっぱり取り消すわ」




ヒヨコが宙に舞うのを見ながら、僕は、昨日の出来事の詳細を話した。


「……って、こんな感じかな、実際負けてたようなもんだよ」

「……」


 そして、彼女の顔から、少しずつ笑顔が消滅していった。


「でも、おかげ、待遇が受けられるようになったから、悪いことばかりでもないかな」

「………」

「それからね……」

「ちょっとまって、」

「う、うん?」


「あなた、さっきから何を言っているの?」


 その言葉は、僕が心の底で思っていた疑惑に、深々と痛々しく刺さった

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